明けて12月7日月曜日。本番当日です。昨夜は、どうもウクレレの弦の調子が良く無いと言って夕食後の遅い時間からウクレレ調整を始めたジェイク。何時までかかったのか怖くて聞きませんでしたが、ホテルの出発時間は午前10時30分。またもやベット・ミドラーは出発時間に30分ほど遅れて登場です。でも、こういう事を見込んで出発時間を決めているはずなので、誰も慌てふためいたりはしていません。ベット・ミドラーは「ハーイ、ジェイク!」と満面の笑みでジェイクの元へやって来て、「今日は頑張りましょうね」と言うと、ジェイクも「超緊張〜!でも頑張ましょうっ!」と返します。そして、お互いの気持ちを落ち着かせるかのようにキスとハグ(抱擁)をして、それぞれの車に乗り込みます。私達のバンは、昨日の人数にもう二人、ベット・ミドラーのヘアメイクさん達を乗せて、昨日と同じ道(だと思う)をオペラハウスに向かいます。今日は外の風景を見ながらのドライヴですが、どこを見ても「のどか〜」な感じ。マンチェスターはロンドンから飛行機でほんの1時間とちょっとですが、ダン達に言わせると「とっても田舎」だそうで、ましてやそこからまた海に向かってブラックプールまで走るので、特に目を見張るような風景には出くわさないだろうという事でした。それでも私にしてみれば、イギリスの車や家の形など、アメリカや日本では見られない珍しい物もあって、楽しい光景です。ヘアメイクの一人ロバートはゲイ。とっても話し好きのようで、過去に自分が担当したアーティスト達(それはそれはビッグ・ネーム達です)とのエピソードなどを語って車内を和ませます。そしてもう一人のヘアメイクのオスリンがロバートの話しのところどころで茶々を入れてからかうので、その度に皆爆笑。楽しい人達です。緊張の糸も、この時だけは柔らかく解けて行きました。
さあ、オペラハウスに到着です。昨日と同じように大勢のスタッフに迎えられてどやどやとシアター内に入ります。昨日は自分の控え室を使いましたが、今日はマーティの計らいでベット・ミドラーの控え室の一角を使わせてもらう事になりました。本番までの時間、ベット・ミドラーの時間が空いた時にすぐジェイクと音合わせが出来るようにするためです。カメラリハーサルが始まっています。昨日に増して押しに押しているようで、オペラハウスに着いてから一時間ほどで出番のはずでしたが、結局待つ事なんと3時間。やっと順番がやって来ました。当然、本番の時間が迫って来ています。急げ急げ。カメラリハーサルは本番に着用する衣装を着て行います。ジェイクは上下黒の、日本の男子学生が着る学ランのような襟詰めのスーツ、ちょっとビートルズ風です。ベット・ミドラーは、全身にスパンコールを使ったディープ・パープルのロングドレス。二人並ぶと、すっきりとして、とってもお似合いなカップルです。素敵! ベット・ミドラーが今回、何故ジェイクとのデュオ演奏を選んだかの大きな理由に、他の出演者達との「比較」がありました。100年近くもの歴史がある『Royal Variety Performance』は、年々その豪華さが増して行き、出演者達の出し物もどんどん派手な物になっているそうです。そんな中、オオトリでもあるベット・ミドラーは、近年その人気はゆるぎないものとなりつつも、まだまだ珍しさが先に立つ「ウクレレ」という楽器とのデュオ演奏で、他の出演者が考えつかないような、アコースティックでシンプル&ストレートなパフォーマンス披露で観客を魅了しようと考えたのでした。うん、彼女のアイデアは正しい。「本物」であるこの二人の、衣装のようにシンプルだけれどキラリと光るパフォーマンスに、観客はもちろんエリザベル女王だって感動するに違いありません。
カメラリハーサルでは昨日と同じく、『In My Life』はすっきりとうまく行きましたが、またもや『Wind Beneath My Wings』のモニターのバランスが良く無いと、ベット・ミドラーは何度も演奏を止めて音響さんと時間ギリギリまで調整を行いました。あと30分で開場です。私達チーム全員は大急ぎで楽屋へ戻ります。本番はもうすぐ始まりますが、私達の出番は一番最後なので、ここからまたさらに待ち時間が3時間近くあります。ベット・ミドラーは少し仮眠をとる事に、そして残った私達はマーティが用意してくれた夕食をシアター内のカフェテリアで食べる事にしました。私とジェイク、ロバートにオスリン、ジル、パブリシストのケン、そしてマーティ。私達はカフェテリアの大きな丸いテーブルに座ると、マーティが抱えていた巨大な紙袋を開けました。中から出て来たのは……「フィッシュ&チップス」。うわあああ!思わず皆で拍手!ジェイクは食べられないかなあ、と思いましたが、何と、ジェイクも魚の衣を取り除いて、超久しぶりというフレンチフライも平らげました。「久しぶりに食べると美味しいよね」と言いながら。私的には本番前にそんなに久しぶりな物を食べちゃって大丈夫かしらん、とちょいと心配でしたが。またもやロバートのぶっちゃけ話しとマーティの毒舌(マーティはコメディアンのように話し好きでしかもかなりの毒舌)を肴に、楽しい夕食のひとときは過ぎて行きました。ステージに上がるパフォーマー本人では無いけれど、スタッフそれぞれがそれぞれなりの緊張感を必死でほぐそうとしているのが良く分かります。
夕食後は、本番に備えて各自が大忙しです。ジェイクも何度となくベット・ミドラーに呼ばれて音合わせ。回りのスタッフはこれといってする事は無いのですが、緊張とイヴェントの進み具合の確認などで落ち着いてはいられません。他のアーティスト達も楽屋の外の共同で使える大きな広場でダンスを合わせたり、発声練習をしたり、何度も鏡を見ては衣装の乱れを直したりと、楽屋全体がざわざわと落ち着きません。
たまたまベット・ミドラーとトイレで遭遇しました。偶然にも他には誰もおず、二人だけの会話。ベット・ミドラー「あら〜、あなただったの!」と、トイレから出て来た私に、手洗い所で顔を上げながら鏡を通して微笑みかけてくれました。私「リハーサルでは大変でしたね」ベット・ミドラー「しょーがないわ〜。良くある事よ。でもねー、私はもう年だからね、体が疲れちゃうのよね。もうお婆ちゃんですもん。やってらんないっつーの!はははぁーっ!」私「そんな、そんな!」ベット・ミドラーは、私が想像していた通りの、とっても気さくな女性でした。画面で見るベット・ミドラーそのままです。トイレから楽屋に戻る道でも、ジェイクと私の出会いやら、どれほどジェイクが素晴らしいアーティストであるか、そしてどれだけ彼が素晴らしい人間であるかなどの話しで盛り上がりました。いくら同郷同士と言っても(ベット・ミドラーはハワイ出身です)、世界のエンターテイナーであるベット・ミドラーとこんな風に昔からの友達のような会話が出来るなんて。私がますます彼女を好きになったのは言うまでもありません。
さあ、イヴェントも後半に差し掛かり、いよいよ出陣です。出番まであと2アーティストというところでテレビ局スタッフに呼ばれ、ベット・ミドラーとジェイクはすっくと立ち上がりました。二人ともちょっと顔がこわばっています。が、そこはプロ。ちょっとポーズを取って、大きな笑顔で私達スタッフに「行ってきます」を言いました。カキンカキーンという、火打石の音が頭の中で聞こえます。よしっ、行っといで。頑張れ、ジェイク!
続く…