いろいろな人達からの祝福を受けながら、12月4日早朝、ジェイクと私はイギリスに向けてホノルル空港を旅立ちました。昨夜は興奮と準備で全く寝ていないというジェイク。疲れた表情に、緊張の色が隠せません。サンフランシスコで乗り換えてロンドンへ。そしてさらにもうひとっ飛び、オペラハウスがあるブラックプールの最寄り空港であるマンチェスター空港へ。便の遅れも無く、そして預けたスーツケース達も見事にベルトコンベアーの上に次々と現れて、本当に快適な旅でした。が、こんな遠くまで来るとマジで息も絶え絶え。計算してみたら、家を出てからマンチェスターのホテルに到着するまで何と26時間もかかっていました。時差も手伝って、到着日は翌日の12月5日です。遠いなあ〜やっぱり、ヨーロッパは。
ベット・ミドラーチームは今夜はロンドン泊まりとの事で、明日の午後に私達が宿泊中のホテルにチェックイン、そして即、ホテルの部屋でリハーサルをするというプランになっています。ホテルはマンチェスターの空港から10分の場所にありましたが、繁華街からは外れていてベット・ミドラーなどの有名人が泊まるには安全で、清潔でお洒落なホテルです。そういえば、あまり気にしていませんでしたが、そんなに寒くない!ハワイを発つ前にネットでイギリスの気候などを調べて、かなり寒いだろうと覚悟して二人ともダウンジャケットを着て来たのですが、そんな真冬な格好をしているのは私達だけ……。ホテルのフロントで働いているスタッフは皆、若くてスマイルがさわやかな人達ばかりです。おっ!その中に、一層キラリと光る可愛い男性、いや、男の子(年の頃は20代前半)が!いや、失敬。あまりにも白い歯を輝かせて微笑んでくれちゃうので、思わず疲れ切った体が溶けそうな一瞬でした。気がつけば他のスタッフもお客さんも、アメリカ人とはひと味違った趣とマナー、そしてちょいと高尚な身だしなみが目につきました。へえ〜イギリスの男性って素敵なのね〜。自分でもイケナイと思いながらも目が泳ぐ泳ぐ。そんな私にジェイクが気づいて「ほらっ、さっさと自分の部屋にスーツケース持ってけば?」と。はーい、すみませんっ。
繁華街に出たければ車を使った方が良いといわれ、それは今日の疲れた体には面倒と、夕食はホテルの中のレストランで済ませる事にしました。食事制限があるジェイクにも何かしら食べられるものはあるでしょう。7月にヨーロッパを訪れた時は、国によってグルテン・フリーに対する意識がかなり違う事を学びました。北欧は二重丸、その代わり、フランスとスペインでは苦労をした記憶があります。イギリスはどうなんだろう。イギリスに到着して初めての食事です。楽しみ〜。
時間が早かったので、今夜のお客第一号のようです。窓際のテーブルに案内されます。明るくて奇麗なレストランです。メニューを見ると、ありましたありました。「フィッシュ&チップス」。アメリカにもあるディッシュではありますが、「フィッシュ&チップス」の本場はここ、イギリス。アメリカに越してまもなくの頃、この言葉をメニューに見つけた時は一体どんな食べ物が出てくるのだろうと不思議に思ったものです。フィッシュは魚の事だから魚だって事は分かっても、チップスとは何だろう、まさかポテトチップス?ご飯のメニューのはずなのにポテトチップスが出てくるのかしらん。答えは、さきほども言ったようにフィッシュは魚ですね。魚は魚でも白身の魚(ご当地の白身魚である事が多いです)に衣を付けて揚げたフリッター。そしてチップスはフレンチ・フライ、日本語で言うところのフライド・ポテトです。場所によって、マクドナルド風の細いタイプだったり、どっしりと太くて長い、いかにも「芋」というフライであったりします。何しろ、この二つのコンビネーションで「フィッシュ&チップス」。アメリカだとタルタルソースで食べる事が多いのですが、私はビネガー、お酢でいただくのが好きです。油で揚げてあるので当然油っぽいのですが、お酢で食べるとすっきりとして、結構癖になる味です。ジェイクは魚料理の中に見つけたひとつを指差して、「『Dover Sole』って何だろう」。Sole とは底、という意味。アメリカではヒラメやカレイを指します。Dover.... あ!「ジェイク、分かった、それはドーバー海峡(イギリスとフランスの間に流れる海峡)で獲れたヒラメだよ!」パッと顔が明るくなってジェイクは「ボクそれにする!」私は何の迷いも無く「フィッシュ&チップス」を注文。ニュージーランドで生まれ育ったというウエイターに、恐る恐るジェイクはグルテン・フリーで無ければならないと伝えると、元気なウエイターは一層目を輝かせて「ノープロブレム!シェフに相談して来るからお待ちください」と言って早足でキッチンへ消えて行きました。早くもこの時点でジェイクのイギリス好感度は頂点まで達したのは言うまでもありません。
まもなくテーブルに戻って来たウエイターは、これではどうか、あれではどうか、シェフがこう言ってるがどうだろうか、だったらこうしてはどうか、とそれはもう数えきれないほどのチョイスを懐からドラえもんのように出してはジェイクを喜ばせます。ああ、良かったぁぁ。これからの三日間の、半分以上の心配事がこれで消えたも同然です。安心したジェイクはしっかりと自分の意思をウエイターに伝え、嬉し顔。 おおーっ、シェフがグルテン・フリーでジェイクのために焼いてくれたドーバー・ソールは、今まで見た事も無いくらい大きいものでびっくり。丸焼きにしたものを目の前でナイフとフォークを使って頭やしっぽ、骨などを器用に取り除いて、いわゆる「フィレ」状態にしてサーブしてくれます。が、最初はうわあすごいわあ、と珍しがっていた私は、その光景を見ながらいつの間にか日本人根性丸出し。「あ、それ捨てちゃうの?」「あっちゃー、そこが一番美味しい部位なのにぃ」と、どんどん切り捨てられていく、日本人だったら絶対残さない部位をもったいなさそうに睨みつけている私に、ジェイクも横目で「卑しい事言うなー」といわんばかりの目線を送っていました。すんません!
本場の「フィッス&チップス」は、はっきり言って味的にはアメリカのそれと大きな違いはありませんでしたが、ひとつ違ったのは、グリーンピースを潰してペースト状にしたものが付け合わせで添えられていた事。ちょっとしょっぱいけれど味はそのままグリーンピース。でも、これが本場の「フィッス&チップス」イギリス流だそうです。さあ、美味しい食事も頂いた事だし、今夜はちょっと時間は早いけれど明日に控えて早く寝る事にします。
翌日、12月6日。3時過ぎからベット・ミドラーとのリハーサルが予定されていますが、その前に腹ごしらえをしようと昨夜と同じホテル内のレストランへ。うわっ満員です。席に案内されると同時にメニューの説明が。そうかあ、今日は日曜日。サンデーブランチってわけね。メニューを見るとセットメニューになっていて、前菜、メインコース、そしてデザートから一品ずつ選ぶスタイルです。ありゃあ、これだとジェイクが食べられるものが無いわあ。そして、アニマル物(肉、乳製品、卵も)を食べない私にもチョイスが無さそうです。昨夜はフリーメニューだったからレストランも柔軟に対応してくれたシェフも、サンデーブランチを提供している今日は私達の我がままを聞いてくれるかどうか。それでも思い切って、ジェイクはグルテン・フリー、そして私の食事制限の事をウエイターに伝えると、驚いた事にウエイターはまたもや「ノープロブレム!」と言うでは無いですか!結局シェフの心遣いで、セットメニューをアレンジして(というかほぼ私達のための新メニューを作ってくれた)またまた私達を喜ばせてくれたのでした。いくら一流のホテルだからと言って、ここまでホテルのゲストの為に至れり尽くせりというスタイルは珍しいですね。
美味しい食事に舌鼓を打っていると、突然大きな声で「キミはジェイクだな!」と誰かに話しかけられました。その声の方に顔を上げると、眼鏡をかけた、年の頃は50代中頃のアジア人のオジさんが片手を上げてまた「よおっ!」と私達に向かって挨拶をしています。私はその声に聞き覚えがあったのでその男性が誰かがすぐに分かりました。10月末に電話で話しをした、ベット・ミドラーのツアー・マネージャー、マーティです。「マーティ!」「よおおおお、K女史!」恐らく向こうもそう思っているに違いありませんが、声だけ聞いていて顔は想像に任せていると、実際その声と顔が出揃った時に必ずしも自分の想像が現実と一致するとは限りません。私が想像していたマーティは、もっと強面の白人でずっと高齢。が、目の前にいるマーティはアジア人の、目がくるりんとした、体はちょっとずんぐり系のどちらかと言うと「ハワイに居そうな可愛いオジさん」。私達はマーティにしきりに今回のビッグチャンスを与えてくれた事へのお礼を言うと、マーティもどれだけ自分がジェイクのファンであるかを熱く語ってくれました。うんっ?それにしても! マーティがここにいるという事は、ベット・ミドラーご一行様がホテルに到着したという事。マーティは「ゆっくり食事を済ませなさい」と言ってくれましたが、ジェイクと私はお皿に残った食べ物を大急ぎでお腹にかっこむやいなや、リハーサルに向かいました。
続く…