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2010年06月28日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第216回:『WE LOVE UKULELE!』(プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル)

憧れのヒーロー達と。マーカス・ミラー(右)チック・コリア(左)。
憧れのヒーロー達と。マーカス・ミラー(右)チック・コリア(左)。
疲れは究極まで来ているのだから、もうホテルに戻って休めば良いものを、ベースギターのマーカス・ミラーと一緒に写真が撮りたいと言うので、夕方6時30分からの彼のライヴを見て、それからマーカスに会いにバックステージへ戻ります。 彼の部屋の前に行くとビックリ!何とチック・コリアの姿が。突然ジェイクの顔がこわばり、足が止まりました、いや、二歩ほど後退しましたね。 ジェイクにとってチック・コリアは偉大な存在。 そして「怖い」んだそうです。 二人は、将来のコラボ計画の話しをしているようです。 私達の他にもマーカス・ミラーと話したい、写真を撮りたい、という人達が沢山集まっていて、ジェイクはなかなか彼に話しかける事が出来ません。 もじもじしていると、会場の関係者が助けてくれました。 「Hey, マーカス!ジェイクが写真撮りたいんだってよ!」と。 そこで始めてジェイクを見つけたマーカス。 「いやあ、ジェイクじゃないか!」 この二人は初見ではありません。 今年の春にサックス奏者のディヴ・コーズがホストのカリビアン・ヴァケーション・クルーズに参加した際に一緒に演奏した仲です。 マーカスは、「OK、写真撮ろう撮ろう!」と言って、結局隣にいた、ジェイクの事を知らないチック・コリアまで一緒に写真に収めてしまいました。 これにはジェイクもビックリ&ラッキー! チック・コリアは「何だ何だ?」と訳が分からない風でしたが、カメラを向けられた瞬間作り笑いをしてましたー(笑)。

無事に全ての行程が終わって会場を後にし、パブリシストのマイケルを連れて夕ご飯は近くのお寿司屋さんへ(バスケットボールの試合を見たいから、とミッチは残り組、)。 カリフォルニアでは珍しく、カリフォルニアロールだのフィラデルフィアロール(チーズが入ってます)だのスパイダーロール(揚げた蟹が入ってます)だのというアメリカン・スタイルの巻き寿司を出さない、由緒正しい日本式のお寿司屋さんでした。 大好物のいくらやネギトロなどを頬張りながら、今日の一日を振り返るジェイク。 あまりにもいろいろな事が起こりすぎてちょっと興奮状態です。 沢山のヒーロー達に会いました。 ビル・コスビー、マーカス・ミラー、チック・コリア。 そしてほぼ全員の会場スタッフと参加ミュージシャンから絶賛の言葉をもらいました。 夢のハリウッド・ボウルでの演奏。 それもプレイボーイ・ジャズ・フェスティバル。 史上初のソロ・プレイヤーとほめ讃えられ、嬉しさも疲れも絶好調。 まるでテーブルに突っ伏す直前の子供のようにハイテンション。 食べては話し続けます。 かくいう私も嬉しくて顔がニヤニヤで、お寿司のご飯が口からボロボロこぼれます(笑)。良かった良かった〜。

翌日。 今日はランチミーティングがあるものの、一日オフ。 夕方には、ハワイオフィスのM子が合流するので、迎えに行ったり、プレイボーイ・ジャズ・フェスティバルに預けていたCDを引き取りに行ったりします。

ランチミーティングのお相手は、サンディエゴに住むニノ。 お魚のみたいな名前の彼は、サンディエゴ生まれのサーファー。 以前はサーフメーカーのマーケティング担当をしていたそうですが、今は独立して、カリフォルニアにおけるハワイ・プロモーションを手がけるプロモーターです。 ハワイアン・ブームを促進するプロジェクトの数々を立ち上げているんだそうです。 カリフォルニアにはハワイ好きな人達が大勢いるんだそうで、意外にもハワイもののお店やレストランも山ほどあるんだそう。 そんな彼とどんなミーティングをって? ちょっとだけ教えちゃいますが、実は、今年の夏を目標に、あるマーチャンダイジング計画を練っているのです。 どんなマーチアイテムかって?それは内緒。 すみません。日本のツアーで販売出来るように頑張ろうと思っているんですが、時間的に間に合うかなあ。 急げ急げ!
ランチを食べたレストランの玄関先から、良く映画に登場する、山の頂きに飾られた『HOLLYWOOD』の文字が良く見えて、思わずチーズ!

ランチミーティングが終わってホテルに戻ると、もうM子を迎えに行く時間です。 空港に行く途中でハリウッドボウルに立ち寄って、預けておいたCDを引き取らなければならないし、渋滞も予測しておかなければならないので、ミッチと二人で早めに出ます。 ジェイクは残り組。このところの忙しいスケジュールで疲れた体を休められる時に休めておいてあげないとね。

LAではどこに行くにもフリーウェイを使います。 それが怖いんですよ、フリーウェイ。ミッチはもともとLA出身なのですが、「もう絶対LAには帰って来れない!」とLAのドライヴァーのマナーの悪さに怒りながら、やっとこさ正常を保って運転しています。 ハワイのドライヴァー達は皆マナーを守って道を譲り合いながらぷらぷらと運転しているので、ホンとLAのフリーウェイなどではマジで神経がすり切れる思いです。 あー怖っ。ハリウッドボウルに着くと、何だか昨日よりも人出が多いみたいです。 今日は『プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル』の二日目。 お天気がとーっても良くて気持ちいい! LAの“日”はハワイに比べて長いです。 ハワイの今頃は夜の7時半には暗くなりますが、LAは8時過ぎてもまだ明るいんです。 また今日も盛り上がるんだろうなあ。 アメリカ人の盛り上がり方は、はっきり言って尋常じゃありません(笑)。 でも、あんなに盛り上がれたら、楽しいだろうな。たまにはああやって羽目を外すのもストレス解消になって良い事です。

空港では少し早めに到着したM子がニコニコと私達のお迎えを待っていました。 明日の朝から晩までのミーティングに一緒に参加してもらうため、M子にもわざわざハワイから飛んで来てもらったのです。 ディナーは、ミッチはまたバスケットボールを見るからと言って居残り組、ジェイク、M子、そして私は近くのタイレストランへ。 LAにもタイ・タウンがあるんですね! ホテルで教えてもらった「町一番」だというそのタイレストランは、本当に美味しかったです。 店内ではライヴ演奏をやっていて、ジェイクの耳と目はすっかりそちらに惹き付けられておりましたが。 メニューはお決まりの“パッタイ”、“パパイヤサラダ”、“トムヤムクン・スープ”、“ココナッツのスープ”“茄子の炒め物”。 それぞれの盛りがもの凄くて、ちょっと食べ残してしまいました。 ごめんなさい! でも、ホンとにとっても美味しかったです〜。次回また必ず来たいレストランのリストに追加です。

翌朝。 LAの月曜日の朝。 どんなに渋滞がひどいかと、ビクビクしながら7時30分にホテルを出発(実際はジェイクがぐずぐずしていて7時55分発)。 最初のミーティングの場所はサンタ・バーバラです。渋滞無しでも1時間30分かかる計算です。 が、結局「逆方向」という事で、それほどの渋滞にかかる事なく無事サンタ・バーバラのミーティング予定地に到着。 ミーティングの時間まで30分あります。 「お腹空いたね〜」と言う事で、朝ご飯をどこかで食べようと言う事になりましたが、この町、何だかなーんもありません。 近くにはタコベル(タコスやブリトーを出す、アメリカのファースト・フード店)があるくらい。 皆でキョロキョロと窓の外を見ながらゆっくり車を走らせていると、「あれは何だろう……」と私。 背の低い建物に『OPEN』とあります。何かがオープンしているのだと言う事は分かるのですが、それがレストランなのか、またはバーなのか(作りがやたらバーっぽい)、それともバーっぽい作りの金物屋なのか。 車や人の通りもあまり無いので、その建物のど真ん前に車を一時停車してじっと中を伺ってみます。 あ、ひと組だけだけど、椅子に座って何か食べてる!という事は、レストランだわ! OK、じゃここにしよ、何を出すレストランか分からないけど、この時間にやっているって事は、朝でも食べれる物を出すに違いない! と言う事で、皆の返事も待たず半矯正的に中に入る事にしました。

中は……、かなーり簡素な、でも、一応レストラン。 どうもメキシカンのようです。 朝からメキシカンかあ。 でも仕方無い、他に無いし。 カウンターでオーダーして前払い。 日本で言う、前払いの定食屋かそば屋の要領です。 さっきテーブルについて食べていたカップルはもう出て行ってしまったので、広いレストランの中、貸し切り状態で食べ物が出てくるのを待ちます。 天井にくくり付けられたテレビでは、スペイン語のワイドショウみたいなものが流れています。 驚いた事に、たまに日本語を使う人達が何やら日本のスポーツに関してしゃべっています。何だろう。 変なのー。レストラン内は何の飾りもなく、向こう側で料理をしているのが見えなかったら、ただベンチが並んでいるだけ、という殺風景な場所です。 うーん、ちょっと心配。 食中毒とかにならないさねー。

そして、食事が運ばれて来ました。
全員:「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!」 出て来た“朝ご飯”は、子供が作る砂山ほどの大きさがありました。 もうこのサイズを見ただけでお腹一杯!と思いきや………。 これがまたあなた、やたら美味しくて、全員ほぼ自分の皿を平らげてしまったほどです。 いや、私もこれまで本場のメキシコやカリフォルニアの各地でメキシカン料理を食べた経験がありますが、このブリトーは最高です! ホンとに美味しい。 皆でそれぞれ頼んだ物を食べ合っこして、「うんうん、それも美味しいね、これも美味しいよ」と、意外にも、実は期待ゼロだった、サンタ・バーバラの町外れにある金物屋みたいなメキシカン・レストランで感動の一日の始まりを迎えたのでした。

お腹が満腹になった後のミーティングはヤバいです。 10時過ぎから始まったミーティングは何と3時間もかかりました。 お終いの二時間はジェイクの集中力が途絶え(要は一時間しかもたなかった)、あっち向いたり天井見上げたり背伸びしたり首の体操したりと、お母さん達の用事に連れられて来た子供のような態度のジェイク。 後から聞いたら「眠気を覚ますのに大変だった」と。 間髪入れずに次のミーティングでしたが、その前にコーヒー飲まなきゃまた同じ結果だ、とクレームを入れられたため(笑)、急遽LAのコーヒーショップで皆でカフェイン補給。 次のミーティングもやっぱり三時間かかりましたが、いくら目が覚めたと言ってもカフェインの効果が三時間も続くわけが無いのに、今度はジェイク、三時間しゃべりっぱなしです。 これって間違い無く意識の問題ですよね。 「僕はさっきコーヒー飲んだから大丈夫」って。たんじゅーーーん!

そして夕方の六時半。 最後のミーティングに向かいます。 このミーティングは一番最後になっちゃったけど、実は今日のハイライト。 アメリカの俳優、アダム・サンドラーのオフィスに行くのです(きゃぁ〜!)。 何故って? 以前にもお伝えしましたが、アダム・サンドラーとジェニファー・アニストンが共演する次回映画『Just Go With It』の撮影が、今年の4月から5月にかけて、マウイ島であったのですが、何と、その映画にジェイクが出演したのです。 いや、出演させて頂いたのです。 5月の頭に、ジェイクもマウイ島に呼ばれそのワンシーンを撮影して来ました(アメリカでの映画公開は来年の2月だそうですが、日本での上映が決まったらぜひ見てくださいねー。でも、目を瞑っちゃだめですよー。瞬きしたらジェイクを見過ごしちゃいますからね〜)。 で、今日は一体何の用事でアダム・サンドラーのオフィスに行くのか。 何やら、音楽担当のプロデューサーが、ジェイクに折り入って話しがあるのだと言うのです。 音楽担当ぉぉぉぉぉぉ?うーーーーーん、気になるーーーーー。 気になる気になる気になるーーーーー!

というわけで到着です。 アダム・サンドラーのオフィス、『Happy Madison』は、ソニー・ピクチャーズの敷地内にありました。 ソニー・ピクチャーズは、映画製作販売をする会社ですが、数年前にも一度、あの懐かしいイヌさんに連れられて(覚えてますか、ジェイクのスタイリストだったイヌさん!)『SAYURI』の撮影現場があったソニー・ピクチャーズを訪れた事がありました。 余談ですが、そう言えばその時初めて渡辺謙さんに会い、翌日丁度撮影がお休みだった彼はLA市内であったジェイクのコンサートにわざわざ足を運んでくれたっけ。 イヌさんが自慢げに胸を張ってたのが思い出されます。 懐かしい!そう、その思い出深いソニー・ピクチャーズの敷地内にハッピー・マジソンはありました。

「よーうっ、ジェイク!久しぶりー」と、音楽プロデューサーのブルックス、そして映画制作プロデューサーのグレイディ、ブルックスの助手だというベッツィが私達を大歓迎してくれました。 うわあ、アダム・サンドラーのオフィスです。 オズの魔法使いで有名な女優、『ジュディ・ガーランド・ビル』と名付けられたそのビルは、真っ白で、中は板張りの、とても素敵なオフィス。まずは玄関先で写真写真、と。 アメリカ人は、自分の家に人を招待すると必ず家の中を隅から隅まで案内してくれます。 ここがキッチン、ここがベッドルーム、ここが子供部屋、といったように。 ブルック達もオフィスの中を案内してくれました。 ここが僕の部屋、ここがミーティング・ルーム、ここがデザイナー・ルーム、などなど。そして……「ここがアダムの部屋」。 きたぁぁぁぁぁぁ。キタキタキタキタキターーーーーーッ! アダム・サンドラーの仕事部屋です。 写真撮りたかったけどグッと我慢。 残念ながらアダムは一足先にお家に帰ってしまったとの事でしたが、まだ小さい子供がいる彼の部屋には、子供用の車(乗ってガラガラ動き回るやつです)とかおもちゃが置いてあって、可愛い。 そして、ドラム、ベース、ギターといった楽器の数々。 そう、アダム・サンドラーは、実は俳優であるだけでなく、ミュージシャンでもあるのです。 映画の中で度々その腕を見せてくれているし、自分の映画のサントラ盤には大抵彼も参加しています。 はぁ〜。これがかのアダム・サンドラーの部屋かぁぁ。 何だか夢を見ているようです。

ミーティングの内容は残念ながらお話し出来ませんが、「良い話し」とだけお伝えしておきましょう。 そして、乾杯のためにミーティングの後は皆で食事へ。 夜も遅かったので、近所のレストランでしたが、料理がこれまた美味しい! そう言えば、朝の巨大な朝食の後、食事をしてなかったんだった。 うわっ。 朝食から既に12時間も経ってます。ミーティング続きで緊張しっぱなしでお腹も減らなかったのでしょう。 皆(特に私達一行)大急ぎで食事を平らげます。 いやぁぁぁぁ今日は本当に有意義な一日だったなあ。 明日はM子と私はハワイへ、ジェイクとミッチはツアーの後半戦を続けるためにカナダのトロントへ。

繰り返しますが、もう6月も半ば。時の経つのはホンとに早い。 このツアーが終わったら、もう一回短い米本土へツアーに出て、その後は7月の一ヶ月間ハワイで過ごすジェイク。 本当はお休みの月にするつもりだったのに、結局イヴェントやらプロジェクトやらでほとんどの日程が埋まってしまいました。 でも久しぶりに長い間ハワイに居られるので嬉しそうです。 フィアンセともたまには良い時間を持たないとね。 そしてその後は、数日間だけフランスに行って、そしてそして待ちに待った日本ツアーです!!! 皆さん、ぜひ来てくださいねー。 今年は例年になく短い日本ツアーなので、「あっ」と言う間に終わっちゃいますからね。 ちゃんと来てくださいよ。 のんびりしてたら終わっちゃいますから。 今募集中のオープニング・アクトやサポート・アクト、どんな凄腕や楽しいプレイヤーが現れるか、ジェイクはとても楽しみにしています。 皆さんドシドシ応募して下さいね!今年は皆でコンサート会場で盛り上がりましょう。『We ❤ UKULELE!!!』と!


完。
ちょっと観光もね。後ろに見えるお決まりの文字。
ちょっと観光もね。後ろに見えるお決まりの文字。
ニノとツーショット。
ニノとツーショット。
プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル二日目。いいお天気です!
プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル二日目。いいお天気です!

これって朝ご飯?
これって朝ご飯?
う、うめぇ〜。
う、うめぇ〜。
アダム・サンドラーのオフィス『Happy Madison』の前で。左からグレイディ、ベッチィ、ブルックス。
アダム・サンドラーのオフィス『Happy Madison』の前で。左からグレイディ、ベッチィ、ブルックス。


2010年06月23日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第215回:史上初めてのソロ・プレイヤー(プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル)

普段はスーパースターが取材で写真を撮る場所。へへへ。使わせてもらっちゃえ。
普段はスーパースターが取材で写真を撮る場所。へへへ。使わせてもらっちゃえ。
さあ、いよいよ演奏の時間が迫って来ました。 そして、予想通り、お天道様も顔を出し始めました。 やっぱりジェイクは晴れ男! 嬉しい事に、私達もチケットを頂いたのでオーディエンスに混ざってジェイクのステージを楽しむ事に。 この会場は飲食物の持ち込みを許可してるようで、既に席についてピクニック気分でさっさとシャンパンやワインを開けて乾杯している人や、ちょっと遅めのランチに舌鼓を打つ人達で賑わっています。 シーティング率は今のところまだ60%という所ですが、うーん、こんなにざわついていて皆ジェイクの演奏を聴いてくれるのかしらー。 ステージ上には大きなウサギのマーク。 プレイボーイのロゴです。 そして時間は、ジェイクの演奏時間である2時50分を指しています。 前の回でもお話ししましたが、この中途半端な時間はなぜなのか。 トップバッターのスタートが2時丁度。 演奏時間は45分。 という事は、彼らの演奏は2時45分に終了という事です。 実際に彼らの演奏は時間通りに終了しました。 実は、ステージの上にはもうひとつステージが乗っかっています。 西洋的に言えばレイジー・スーザン、東洋的に言えばチャイニーズの回るテーブル。 前のアーティストの演奏が終了すると、ステージがクルリと反転し、裏でスタンバイしていた次のアーティストが現れてオーディエンスにご挨拶〜、という仕組みになっているのです。 その間、MCのアナウンスを加えても5分未満。 だから、アーティストとアーティストの入れ替え、つまり、機材の組み替えなどに時間をかけずに、スムーズなステージが次々と繰り広げられる、というわけです。 オーディエンスはトイレにも行けませんね(ジョーダンです)。 さあ、ジェイクです! トップバッターの演奏が終わるや否やステージが回り始めました。 そして、丁度2時50分にビル・コスビーが「ショウビジネスで一番チープな男、ジェイク・シ、シ、シ、シマ、ビュキュリュゥゥゥゥ!」と紹介すると、ジェイクの演奏がスタートしました。 一曲目は新曲の『143』。

曲が始まると幾分ざわめき感が収まったような気はしましたが、それでも人々は立ったり座ったり、入り口からはどんどん人が入って来て、自分のチケットの席を探すのにキョロキョロ。 演奏にゆっくり聴き入るどころではありません。 『ちょっとあんた、座んなさいよっ。あっ、そこのあんた、電話なんかして。 さっさと切りなさいってば。 あーあ、もうそんなに酔っぱらっちゃって〜。 まだ真っ昼間だよー。』私は心の中で周囲の人達を叱咤しながら、ただひたすら皆がジェイクの演奏を聴いてくれるのを願います。 頼むよ〜。

が、そんな心配はよそに、『143』が終わるとオーディエンスは大喝采! それにつられて、あまり聴いていなかった他のオーディエンスも拍手喝采(笑)。 はははーよしよし。 まあ、こんなもんか。 次の曲は『Let's Dance』です。 「僕はフラメンコ・ウクレレって呼んでますけどねっ」と、さらりと紹介、そして143では見られなかった、例の、10フィンガーストロークなどの巧みな指さばきを見せ始めると、オーディエンスの反応は凄まじくなって来ました。 大きなステージにちっちゃな楽器を持ったちっちゃなジェイク。 でもその小さな物体からとは信じられないほどダイナミックな音が会場一杯に広がります。 そのアンバランスさがまた良い!凄い凄い! この日、ソロ演奏をしたのはジェイクのみ。 他のアーティストは全員バンド演奏でした。 実は何と、ジェイクは、このプレイボーイ・ジャズ・フェスティバル史上初めてのソロパフォーマーなんだそうです。 ホンと、凄い凄い! その後、「愛する人を失った人々に捧げます」と、『Blue Roses Falling』。 澄み渡る空を仰ぎながら聴くこの曲は、不覚にも私の目に濡れた物をもたらしました。 私の愛する人が死んだ時には絶対にこの曲を聴く事にしよう。 なあんて一人でドラマチックに酔っていると、斜め向かいに座っているオバちゃんが声高らかにケータイで誰かと怒鳴り合ってます。 ちょぉーっとー、おばはんっ! うるさいっちゅーねん! コンサートでケータイなんかで話すなーっ! そして『Me & Shirley T.』。 曲途中でパーカッションのごとく演奏する部分では、いつものように会場からやんやの応援の声がかかります。 ステージの際に座ったりして、ちょっとした余裕も見せたりします。 いいね〜。 そして曲は『Sakura』『In My Life』と続き、締めはもちろん『While My Guitar Gently Weeps』。 予想通り、オーディエンスの反応は、最高潮。やった!スタンディング・オヴェイションです!

丁度45分で終了した演奏は、奇麗に100点満点です。 ビル・コスビーが何度もジェイクの名前、特に名字を読み上げます。 練習してるな、こりゃ。 そして二人で大きなハグをすると、レイジ・ースーザン・ステージに乗ったジェイクが回転しながら戻って来ました。 そして、一足先にステージ裏で待っていた私達を見つけて大きな笑顔。 「あー緊張したー!」

続く…
あ〜緊張した〜。ステージが回転して戻って来るところ。
あ〜緊張した〜。ステージが回転して戻って来るところ。
疲れたよー。
疲れたよー。


2010年06月21日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第214回:僕のヒーロー(プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル)

僕のヒーローです!
僕のヒーローです!
マークがいないので音のクオリティが心配でしたが……。 いや〜、素晴らしい!こんなにダイナミックで透き通ったウクレレの音が、ハリウッド・ボウル一杯に響き渡ってオーディエンスを魅了する事を想像したら、さっそく体がゾクゾクしてきました。 残念ながら、やはり今日演奏予定のアーティスト、マーカス・ミラーやチック・コリアなどとは違い、ミュージシャンとしてはまだまだひよっこのジェイクは、出番が最初から二番目と、会場に人がまだ入場してくる時間帯。 早い話し、オープニングアクトのような扱いでの出場なのですが、そんな事気にしない気にしない。

サウンド・チェックが終了して、食事にでも行きますかねえ、などど準備していると、スタッフが「表のテーブルまでパスとTシャツを取りに来てくださーい」と言うので行ってみました。 すると……。ドアを開けた瞬間に目に飛び込んで来たのは、何とビル・コスビーの姿! ファンが取り囲んで、一緒に写真などを撮っています。 私は一目散に回れ右をすると、大声で、「ジェイク!ジェイク!大変だーっ!」と叫びながら控え室に駆け込みます。 ジェイクが「どうしたっ?」と、驚いて答えます。「ジェイク、早くっ、あのドアの向こうにビル・コスビーがいるよっ。早く早くっ!」ジェイクはそれまで突っついていたサルサ&チップスを宙に放り投げると、ダッシュで駆け出します。

良かった! ドアの向こうにはまだビル・コスビーがいました。 いずれはドアのこちら側にある控え室に入ってくるはずだから待ってれば良いものを、気が焦る私達は他のファンに混ざって、足踏みしながら順番待ちをします。 ジェイクが「ア、ア、アロハっ!ミスター・コスビー。ジェイク・シマブクロですっ」と早口に自己紹介すると、ビル・コスビーは、ひくっと息をのんで3秒ほど黙った後、しゃきんっと体を延ばしました。 そして、「ジェイクぅ? へんっ、あの男は俺にウクレレを教えてくれなかったから気に入らないな!」と言い放ちました。 もちろんジョークです。 実は、彼は半年ほど前、ハワイでショウをやっていて、その際に「ジェイクにオープニング・アクトを務めてくれないか」と、ジェイクのウクレレを作るカマカ・ウクレレのスタッフに連絡をして来たと言うのです。 結局、米本土にツアー中だったジェイクはビル・コスビー氏には会えずじまいでしたが、そんなエピソードがあったので、その時の事をジョークにしているわけです。 ジェイクはビル・コスビーの大ファン。 本物のビル・コスビーに会えた嬉しさで顔が “ニヤケル” を通り越して、しわしわになっちゃってます。 ビル・コスビーはさらに、「あんたは誰だ」と、黒いサングラスの向こうに光る目で私を睨みます。 ジェイクが「僕のマネージャーのK女史です」と紹介すると、ビル・コスビーは「へっ!マネージャー? マネージャーもこの前来なかったな。 レッスンしてくんなかったな」と、また嫌味な口調でジョークを飛ばします。 そんな会話を交わした後、さっと大きな笑顔になって「やあ、ジェイク、良く来たなぁぁぁ!」と、大きな胸でがっしりとジェイクの体を包み込みました。 ジェイクは嬉しくて何が何だか分からない事を口走りながら「僕はミスター・コスビーの大ファンで、子供の頃からずっとテレビを見ていたんですよー。 特にあのチョコレート・ジェローを食べるシーンが好きで……」と、突然ビル・コスビーの物まねを始めました。 顔をグニャグニャにして手はスプーンを持つ仕草、そして体全体を使って踊り始めます。 私は「ジェ、ジェ、ジェイク、何やってんのっ!」ビル・コスビーもそれまで笑顔だったのにまた眉をひしゃげて、何だこいつは、というような顔をして「What are you doing (何やってんだ)?」と。はっと突然我に返ったジェイクは「オオ〜ッ、アイムソーリーィィィ!」。 その瞬間、回りは大爆笑です。

その後、ビル・コスビーはジェイクを連れてステージへ。 歩いている間もしきりにジョークを飛ばして私達やスタッフを笑わせます。 今年72歳という高齢にもかかわらず、ジェイクが子供の頃にテレビで見ていたビル・コスビーは今も健在でした。 上下ジャージ姿にも関わらず(後で着替えるのかと思ったら、何と、このままMCをしていました!)、誰とでも写真を撮るビル・コスビー。 とてもフレンドリーな大スターです。

ステージの中央に立つと、また写真撮影。 今度は私、ミッチ、そしてマイケルも一緒です。 嬉しい! この時既に開場していたので、ビル・コスビーと写真を撮ったりする私達を見て観客もそれを写真に撮ったりしています。 ビル・コスビーはステージ床を指さして「これはキミのステージセットだな」と言います。 ジェイクが「はい、そうです」と答えると、「すぐ分かったよ。ステージ上に何も無いからな」と。 そして、「キミは“Cheapest man in the showbiz (ショウビジネスの中で一番チープな男)” だ!」と叫びました。 バンドメンバーもいない、機材も無い、ウクレレ一本で旅をするミュージシャン。 全く経費がかからないミュージシャン、という意味です。 ステージに居合わせたスタッフが、そうだそうだ、と言わんばかりに頷きながら爆笑しました。

と、突然、ビル・コスビーはジェイクの肩を捕まえて、私達からちょっと離れてヒソヒソとジェイクになにやら話を始めました。 ふーん、何だろう、何を話してるんだろう。 後からジェイクに聞くところによると、ビル・コスビーは、ショウ・ビジネスでの心構えについてジェイクにアドバイスをしてくれたのだそうです。『Playboy Jazz Festival』フェスティバルのオーディエンスを侮ってはいけないよ、と。 君が演奏する時間はまだ人がどんどん入場してくる時間だ、だからザワザワしているし君の演奏を聞いていない、と思うかもしれない。 しかぁぁぁし!彼らはちゃあんと聞いてるんだ。 そして、君が少しでも気を抜いてちょっとでも彼らを無視したような演奏をすると、皆ステージに振り返って君を睨みつけるだろう。 そうなったら君は負けだ。「何だこのミュージシャンは。へったクソだな」と思われて全ては終わりだ、と。 ここで、ビル・コスビーが何故ジェイクのヒーローなのかをお教えしましょう。 子供の頃から見ていたビル・コスビーの番組が好きだった、という事の他に、ジェイクがまだデビューする前に偶然見たテレビの特番で、ビル・コスビーの2時間番組があったそうな。 ビル・コスビーはその番組の中で、2時間ぶっ通しでコメディを演技し続けたのだそうです。ジェイクはその時、ビル・コスビーがたった一人で2時間もの間人を笑わせ続けられるのなら、自分にだって2時間ぶっ通しでウクレレ一本で人を聴き入らせる事が出来るはず、と思ったそうです。 そしてその時、ジェイクはソロのウクレレ・プレイヤーになる事を決心したのだそうです。 ジェイクがソロ・アーティストになるきっかけを作ってくれたビル・コスビーは、今日もまた、ショウ・ビジネスでとても大事な事をジェイクに教えてくれたのでした。

続く…

2010年06月20日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第213回:プレイボーイ・ジャズ・フェスティバル

ウサギのマークのプレイボーイ・ジャズ・フェスティバルです!
ウサギのマークのプレイボーイ・ジャズ・フェスティバルです!
久しぶりのツアー同行で〜す。 前回の同行は何と昨年12月のイギリス。うわっ、あれからもう半年?イギリス女王の前での演奏という、一生に一度あるかないかの感動は今も薄れていませんが、時の経つのは本当に早いものです。 ふと気づいたらもう6月も半ば。今年ももう半分終了したって事ですね。

さて〜。
6月11日金曜日。アメリカ本土はLAにやって来ました。 目的は2つ。ひとつは明日、土曜日に行われる『Playboy Jazz Festival』で演奏するジェイクをヘルプするため、そしてもうひとつは日曜日、月曜日に詰め込まれたミーティングの数々をこなすため、です。

今夜は、ネバダ州のスパークスという町で演奏しているジェイク。 今回は、バイクの事故で足を折ってしまったツアマネのマークの代わりに、我が社のスタッフ、ミッチが同行しています。 本当は3月に演奏予定だった会場ですが、ジェイクの親戚が突然亡くなったために、突如ライヴをキャンセルせざるを得なくなる、といういわく付きのライヴ。 当時は「楽しみにしてたのにぃ〜?」というファンの嘆きの声が多々勃発。 じゃあキャンセルじゃ無くて仕切り直しっ!という事で3ヶ月後の今夜、お待たせしたネバダのファンの元に馳せ参じたジェイクです。 翌日ホテルで合流した際に、顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら昨夜の報告をするミッチの言葉から、3ヶ月どれほど首を長くしてジェイクのライヴを待ち焦がれていたかという、ファンの熱意がよおーく伝わって来ました。 ミッチいわく、ジェイクの演奏も素晴らしかったけれど、オーディエンスの盛り上がり方が「異常なほどだった」と。 ミッチの話しを聞きながら、ジェイクも誇らしげにうっすら笑顔を見せています。 昨夜の会場だったホテルのレストランのシェフがハワイ出身だそうで、ライヴ後にポケ、スパムむすび、カルビなど、ハワイのごちそうを沢山作って振る舞ってくれたそう。 しかし、翌朝6時のフライトでLAへ飛ばなければならなかったジェイクとミッチの意志に反し話しが進みに進み、結局寝る時間が2時間になってしまったそう。 9時すぎにLAのホテルに到着したジェイクは……、“ドロドロ”でした(笑)。

『Playboy Jazz Festival』。今年で32年目を迎える、アメリカでは大変有名なジャズ・フェスティバルです。 その名の通り、かの有名な、うさぎのマークの『プレイボーイ』がスポンサー。 会場は野外の Hollywood Bowl(ハリウッド・ボウル)です。 17,400席収容のビッグ・ベニューです。 ブッキングエージェントのスコットが、いつか絶対にジェイクを出場させたいんだぃ!と願い、3年も前から熱いラヴコールを送っていたフェスティバル。 その熱意がやっと伝わった!それもフェスティバルのMCはジェイクのヒーロー、ビル・コスビー! 出場が決まってMCがビル・コスビーだと分かった瞬間、ジェイクは飛び上がって喜んだのを覚えています。 出場の喜びよりもビル・コスビーに会える、喜びの方が強かったようですが(笑)。

さて、ドロドロになってホテルへやって来たジェイク。 チェックインにはまだ早かったために、私の部屋でシャワーを浴びさせ、休む間も無く10時前には会場へ向けて出発です。 出番は2時50分(何とも中途半端。でも、その理由は後で分かります)ですが、早めに行ってサウンドチェックをしなければなりません。 会場に到着すると、手慣れたスタッフがてきぱきと私達を控え室に案内してくれました。 うわあ、ハリウッド・ボウルだわあ。 数年前に一度、やはりジャズフェスティバルを見に来た事がありましたが、バックステージに入るのは始めて。 この場所で、このステージで、世界の有名なミュージシャンが演奏し、その深い歴史を刻み続けて来たのね〜。 そしていよいよ、ジェイクもその歴史の仲間に加わるんだわ〜。

ジェイクのサウンドチェックまではまだ40分ほど時間があるようです。 ジェイクはウクレレの弦を張り替えたり、応援にかけつけてくれたパブリシストのマイケルと新しいアルバムのリリースに向けての作戦を練ったりと、待ち時間を有効に過ごします。 そして、やっとサウンドチェック。 私とミッチはさっそうとカメラを持って会場へ降ります。 写真写真っ、と。 ぶるっ。外は日差しが弱く、ちょっと風が吹くと肌寒い感じが。 昨今のLAは、日中は日が出ても、朝晩は結構冷え込んでいると聞きます。 でも、ジェイクは晴れ男だから演奏の時には絶対お天道様が「アロハ〜」と顔を出してくれるに違いありません。


続く…

2010年02月09日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第212回:天使と女神が再び舞い降りた夜

天使と女神の再会なり。
天使と女神の再会なり。
2010年1月30日土曜日、午後11時。ジェイクと私は、ハワイアン航空ラスベガス行きのフライトに乗り込んでいました。予定よりもかなり進行が遅れてしまっているレコーディング・セッションもほったらかして、ラスベガスへ?むむむっ?遊びにでも行くんですかい?

とーんでも無い!明日はイギリスで共演したベット・ミドラーが2年の契約で繰り広げていたラスべガスのショウ『The Show Girl Must Go On』の千秋楽。その大事な大事な最終日に、ベット・ミドラーから「イギリスでのパフォーマンスを再現しましょうよ」とお誘いがかかったのであります。レコーディングも大事だけれど、イギリスでお世話になったベット・ミドラーが精魂込めて取り組んでいたプロジェクトの締めくくりに、「ジェイクがいてくれたらなあ」と思ってくれたのです。これはもうレコーディングどころか、おおげさですが、生活ってものを中断してでもべガスに馳せ参じなければ!という事になったのです。

毎日のレコーディングで肉体的にも精神的にも疲れ切っているジェイク。と言ってもその疲れは言ってみれば、「心地よい」疲れ。戦って戦って最終的に良い物が出来上がった瞬間に、それまでのバトルで使い果たした体の力と脳の力は不思議と戻ってくるものです。レコーディングはその繰り返し。逆に言えば、良い物が出来上がるまでは力を使い続けなければなりません。車のようにガソリンが切れたから走りません、という言い訳は通用しません。。一番必要とされるのは、もちろん体力もそうですがジェイクの精神力。そしてジェイクをサポートするレコーディングチームのプロデューサー、エンジニア、マネージメント、レコード会社、それぞれがそれぞれの役割を持ちながら、同じような体力と精神力でプロジェクトに臨みます。チームの中の一人でもその力の使い方が違っていると、プロジェクトはスムーズに進まないものです。
そんな熾烈な戦いを、延べ2ヶ月ほど続けて身も心も疲れ果てても、最終的に自分が望んでいた物が出来上がった時の喜びは、まさに、赤ちゃんが生まれた瞬間に生みの苦しみを忘れる母親の物と同じ。そう、アーティストにとって、新しいCDは自分の子供なのです。

そんな最中のジェイク、疲れ果てて機内ではすぐ眠るだろうと思っていましたが、興奮ぎみにレコーディングの話しをし始めました。きっと、ついさっきまでスタジオに居たためまだ気持ちが高ぶっているのでしょう。今だから言いますが、私も疲れていたので本当はさっさと寝たかったのですが(笑)ジェイクを無視して自分だけ寝る訳にも行かず、結局機内では話し続けて二人とも2時間ほどしか寝る事が出来ませんでした。べガスに到着したのは翌日の早朝6時半。ショウはもう今夜です。ジェイク、大丈夫かなあ。

ホテルはベット・ミドラーのショウが行われている『Caesars Palace Las Vegas』。チェックインした後すぐに寝るかと思いきや、何と、べガスには前夜からママとグランマが来ていて(もちろんジェイクの晴れ姿を拝みに来たのですが)、ジェイクはこれから彼らと朝ご飯を食べに行くとの事。私も誘われましたが、丁重にお断りしてベッドに潜り込みました〜。

サウンドチェックは夕方の4時からと言われています。午後1時に起きてシャワーを浴び、ツアーマネージャーのマーティに電話をします。マーティは例の口調で「やあ!良く来たなー!待ってたよー」と本当に嬉しそうに私達の訪問を歓迎してくれました。そして「サウンドチェックは4時からだから、ロビーに3時45分に待機していてくれよ。僕が迎えに行くから」と言いました。きっとまだ寝ているだろうと思い3時まで待ってジェイクへ電話。3時45分のロビー集合を伝えます。ひえ〜かなーり眠い様子。

ロビーから会場へ行く道には、ホテル内といえども当然「カジノ」があります。ここで一日中いつでも誰でも気軽にギャンブルが出来るのです。私は本来ギャンブル好きでは無いので、ルーレット等をしながら盛り上がっている人達を横目に見ながら、タバコの煙を吸い込まないないように早足で歩きます。会場に到着しました。入り口にはベット・ミドラーの巨大な看板。実は、この会場にはジェイクと二人で一度訪れた事があります。数年前にセリーヌ・ディオーンのショウを観に来た事があるのです。なので、会場の素晴らしさは知っていたつもりだったのに、マーティに連れられて中へ入った瞬間、ジェイクも私も思わずため息が出てしまいました。収客キャパは4800人だそう。大きい事もそうですが、会場内のセットがいかにも「べガスのショウ」という雰囲気で気持ちがワクワクしてきます。

ステージ回りのスタッフを一通り紹介されて、まずはジェイクの一人サウンドチェック。え?どうして一人で、って? へへへ。何を隠そう、今夜はベット・ミドラーの計らいで、デュエット曲を演奏した後に、もう一曲ジェイクがソロで演奏する時間を頂いたのです。曲は、いまやジェイクの定番曲にもなった『While My Guitar Gently Weeps』です。
興奮した気持ちを悟られないように、内心誇らしげに観客席からジェイクを見守っていると、ふと、鋭い視線を感じました。ん?何だ?むむむっ?………………あっ!会場内を見回すと、スタッフのほぼ全員が自分の仕事の手を休め、興味の目でジェイクをじっと観察している事に気づきました。はは〜ん、分かった。「こいつがそうか。話しには聞いていたが。ふんっ、小僧の癖になかなかやるじゃねーか」彼らの心中を代わって言い表せば大体こんな感じでしょうか。中にはぶったまげて、そういう場合にアメリカ人が良くやる頭を左右に(いいえ、を言う時のように)振って驚きを表現しているスタッフもいます。そして聞こえてきたつぶやき。私の後ろに座っていた数人が、それぞれに「すっげー」「たった4弦だぜ」「見ろよ、あの指」「音がクリアだなー」「ひえ〜化けもんだ」言いたい事を言ってくれちゃってますが、後から分かった事ですが彼らはショウのバンドメンバー達でした。同じミュージシャンとして、ジェイクの凄さに驚きそして感激しているのです。私も負けずに「へへん、だ!これが世界のウクレレ・プレイヤー、ジェイク・シマブクロよっ!恐れ入ったかい!」と、心の中だけ(情けねー)で言い放ちました。いや、もしかしたら顔には出ていたかもしれませんが。

ジェイクのサウンドチェックが終わるやいなや、待ち構えていたかのようにベット・ミドラーがステージに現れました。「ハーーーーーーイ、ジェイク!今夜は来てくれてありがとうー!」ベット・ミドラーの後に続々と知った顔が続きます。アシスタントのジル、ヘアメイクのオスリン、パブリシストのケン、そして、何と、ベット・ミドラーのイギリスのレコード会社の担当、つるっ禿のダンも!うわあ、イギリスの旅の同窓会の気分です。皆で再会を喜び合って、しばらくの間キスとハグの交換会。

ジェイクとベット・ミドラーのサウンドチェックは二度ほどですんなりと終了。「じゃあ後でね」とベット・ミドラーはジェイクに優しく笑いかけるとステージを下りて行きました。私達も、マーティがバックステージを案内してくれるというのでステージスタッフにお礼を言ってマーティに続きます。

「ここがベットの控え室だよ」と案内された部屋は、私の家よりも大きなスペース。リビング、シャワー、キッチン、ジム。これはもう控え室とは呼ばず、家、と呼ぶのが相応しいですね。凄い!まあでも考えてみれば、2年もの長い間この同じ場所で週5日「暮らす」わけですから、ここはもう彼女の家と言っても過言ではないでしょう。そして当然自分の本当の家から比べたらはるかに小さなスペースだろうから、本人としては2年間そういった不自由さも含めてこのショウに賭ける意気込みやら精神力やらは相当のものだったに違いありません。

ショウの開場まであと1時間半。ママとグランマ、そしてママの友人達を誘ってディナーを頂く事にしました。ホテル内にある北京系のチャイニーズレストランへ。お店の中は明るく、壁一面に紙細工のようなものが飾られていてとても奇麗です。ジェイクは目をまん丸にして「うわあ……」としばらくポカンと壁と天井を見つめていました。お料理の味はチャイニーズだけれど結構あっさりしていて、高齢のグランマも「美味しいねー」とたくさん頂いていました。ジェイクも今夜はグルテン解禁。手打ちヌードル、チャーハン、野菜の炒め物、チキンのディッシュなどなど、「美味しいー!」

7時15分。会場に入ります。驚いた事に、会場内ではいろいろな人に声をかけられました。ベット・ミドラーのショウは前にも一度観ているのだが、今夜はキミが出るというからわざわざもう一度観に来たんだ、という人達も。写真を撮らせて下さいとか、サインを下さい、という人います。こんな事は全く予想していなかったので本当にびっくり。サインペン持ってきていて良かった〜。

ショウが始まりました。今夜は最終日という事もあるのでしょうか、観客はのっけから大乗りです。もの凄い歓声です。迫力のある生バンドときらびやかで豪華なステージセットで繰り広げられるショウは、瞬きをするのも惜しいほどの素晴らしさです。バックで踊るショウガール達もスタイルが良くて(当たり前ですが)とても奇麗!それよりもなによりも、今年で65歳を迎えようというベット・ミドラーの踊りの素晴らしい事。さすがショウガール!鍛え抜かれたその体の線は、他の若いダンサー達に引けを取りません。腰が痛い、年だ年だ、と引き蘢る世間の65歳と比べちゃいます。これを週5日、2年間も続けていたなんて。ショウ構成は、踊りながら歌を歌ってMC、の繰り返しですが、このMCがまた面白い。実は、ベット・ミドラーは普段からしゃべりが面白い事で有名です。ちょっとウィットで辛口で、少し下ねたも交えた彼女独特のしゃべり口が、その人気の秘密のひとつでもあるのです。

ショウの3分の2ほどが終わったところで、いよいよジェイクの登場です。ステージは今までの、赤やピンクやゴールド色のきらびやかなセットからがらりと変わって、モノクロの、どこの街かは分かりませんがニューヨークかシカゴ、もしかしたらロンドンの、大都会の風景がバックドロップに映し出されました。ベット・ミドラーは黒のシックなドレスをまとい登場、まっすぐに会場を見つめて、豪華さに目が疲れてきた観客の視線をここでもう一度ぐぐっと惹き付け直します。さすが。お茶目な彼女も良いけれど、こういう大人の雰囲気一杯の優しい目をした彼女も大好き。思わずため息が出ます。

「去年12月に、光栄にもイギリスの女王の前で演奏する機会を頂きました。その時に一緒に演奏してくれたウクレレプレイヤーを紹介します。今夜はそのイギリスの再現ね。ジェイク・シマブクロ!」大きな拍手と共にジェイクがステージへ。ジェイクの衣装もモノクロで、ステージといい、二人の衣装といい、まるで打ち合わせでもしたか(全くしなかった)のよう。

曲はもちろんイギリスでデュエットした『In My Life』です。二人の息はぴったり。アメリカでのデュエットは初めての事なので、間違いなく今夜集まった観客には初お披露目です。4800人もいるのに、会場内はよーく耳を澄ませば隣の人の心臓の音も聞こえてくるほど静まり返っています。イギリスで出逢った天使と女神が、今夜アメリカで再会。音楽という魔法は世界中どこにいても人々の心に確実に届くものですね。歌が終わりジェイクの最後のつまびきが響き渡ると、会場には大きな拍手と大歓声が沸き起こりました。いやあホーンと何度聞いても素晴らしい!ジェイクのママもグランマも、顔をくしゃくしゃにして喜んでいます。さぞかし誇り高い事でしょう。そして続くはジェイクのソロ演奏。ベット・ミドラーがジェイクを残しステージを下りると、ジェイクは5歩ほど前に進んで改めて会場全体に丁寧にお辞儀をします。そして長い深呼吸と共に弾き始める『While My Guitar Gently Weeps』のイントロ。初めて聞く人は大抵このイントロの部分でやられちゃいます。途中歓喜の拍手がそちらこちらで沸き起こりながら、後半戦の盛り上がりの部分に差し掛かると、会場全体が興奮の嵐に包まれました。曲が終わると同時にたくさんの人が勢い良く立ち上がり、スタンディングオヴェイション!やった!大きな笑顔で何度も何度も観客に投げキッスとシャカ(ハワイ流の挨拶)をしながら、ジェイクは胸を張ってゆっくりとステージを下りて行きました。

2年もの長い間、言ってみれば自分の人生そのものをラスベガスにうずめて頑張り続けてきたショウも今夜でお終い。ベット・ミドラーは後半戦のステージでは何度も涙ぐむ場面が。私も、ショウを観たのは今夜が初めてなのに思わずもらい泣き。もうひとりアメリカの大スター、グラディス・ナイトをゲストに迎え、いよいよショウはエンディングへと。ベット・ミドラーの最後のMCがあり、そして最後の歌。イギリスでも歌った彼女の代表作のひとつ『Wind Beneath My Wings 』です。歌い終えてスタッフ全員をステージへ呼び込みます。スタッフも皆、「やったー」「終わったー」「頑張ったー」とそれぞれに叫びながら自分達の仕事の達成を喜んでいます。ジャンプしながら、腕を振り上げて、そして笑って泣いて。たった一晩しか参加しなかったジェイクも、まるで自分の事のように大きな笑顔で手を振っています。

笑いあり、心温まる話しあり、涙あり、サプライズあり、と、ラスベガスの人気のショウに相応しい、本当に素晴らしい2時間のショウでした。もう一度来たいと思ったほどですが、今夜が最後。残念。でも、ベット・ミドラーとはこれから先も長いお付き合いになりそうな気がします。ハワイ同郷のよしみもあるけれど(何と、ジェイクのグランマはこれお土産、懐かしいでしょ、と言ってタコの薫製を渡していました!)、彼女のジェイクの可愛がりようはまるで自分の息子のようなものです。きっと今後もこの二人のアロハは空にかかる虹のようにどこまでも繋がって行く事でしょう。

バックステージでスタッフおよび出演者に挨拶をして会場を出たのは、午後11時すぎ。ジェイクはさぞ疲れているだろうと思いきや、グランマ、そしてママと共になんだか落ち着かない様子。あー分かった!あなた達はこれからが「本番」なのねー。私はギャンブル好き(何を隠そう、ママとグランマは3〜4ヶ月に一度はラスベガス旅行を楽しんでいます)のシマブクロ家の面々をカジノ場に残して部屋へ戻りました。翌朝聞くところによると、午前3時頃までお楽しみは続いたとか。ささっ、ジェイクっ、ハワイに戻るよっ!レコーディングレコーディング!しっかり働いてもらうからねー。アルバムを首を長ーくして待っていてくれる世界中のファンの皆のために。

リハーサル中。バックドロップが素敵!
リハーサル中。バックドロップが素敵!
皆ジェイクに興味津々。
皆ジェイクに興味津々。
会場入り口にて。
会場入り口にて。

こんな風にショウが始まりました。
こんな風にショウが始まりました。
ホテルのロビーで。
ホテルのロビーで。
シマブクロ家三代ジェネレーション!
シマブクロ家三代ジェネレーション!


2010年01月14日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第211回:イギリス物語その5(最終回)

天使と女神の魔法のヴェール
天使と女神の魔法のヴェール
私達スタッフはステージ口のすぐ外に用意された巨大なテレビでステージの模様を見守ります。話しに聞いていた通り、他のアーティスト達は皆、日本の紅白歌合戦のように、衣装もパフォーマンスもかなり派手です。レディ・ガガに至ってはピアノを宙づりにして演奏しています。小林幸子ばりの衣装とあっと驚く仕掛けのセットで歌っているアーティストもいます。さあ、そしていよいよ、今夜のオオトリ、ベット・ミドラーの登場となりました。まず、イギリスのコメディアンだというMCがベット・ミドラーの短いプロフィールを紹介します。そしてステージの緞帳が上がり、ベット・ミドラーが華麗に姿を現しました。テレビの画面だとドレスのスパンコールがさらに光り輝いて、オスリンの施した透き通るような肌色とピンクのチーク、ロバートが手がけたお人形さんのような魅力的なヘア、そして、彼女のトレードマークである優しい笑顔が本当に素敵です。ベット・ミドラーは開口一番にジェイクをステージに呼び込みました。「今夜私と一緒に演奏してくれるのは、ウクレレプレイヤーのジェイク・シマブクロです」大きな歓声に大きな笑顔で応えるように、さっそうと登場したジェイク。落ち着いた足取りで自分が座る椅子に向かって歩きます。そして、ベット・ミドラーと目を合わせてお互いの準備が良い事を確認するかのように頷きました。私はテレビ画面の真ん前に陣取ってかじりつくような格好でカメラを構えながら、飛び出す寸前の心臓を飲み込むのに必死です。よしっ、椅子に座ったっ。これでもうジェイクの緊張は治まるはず。そう、ジェイクは本番に強い本番男なのだ!

会場は、一瞬で怖いほど静まり返りました。そして、天使が舞い降りて来るかのように厳かに始まった『In My Life』のイントロ。ジェイクが奏でるウクレレの音色が、イギリスはブラックプールのオペラハウスに響き渡り始めました。ベット・ミドラーは、優しい笑顔をさらに緩めてしっかりとジェイクを見つめています。そして……歌い始めました。ジェイクのウクレレの音色が天使の舞い降りる音ならば、ベット・ミドラーの歌声は、天使の翼からバトンタッチされた女神の魔法の杖。たったひと振りで聞く者達の心を虜にします。そう、天使と女神。二人は始終見つめ合いながら、お互いの存在を認め合うごとく、それぞれの魔法を「音」という姿に変えてオーディエンスの心の奥深くへと送り込んでいます。そして間もなく、二人が紡ぎだした魔法のヴェールがすっぽりと会場を包み込みました。神秘の瞬間です。全身に鳥肌が立って超興奮状態の私は、たぶん息をするのも忘れていたのだと思います。演奏が終わった瞬間に、大きな深呼吸が足のつまさきからお腹の深いところを通って、ふうぅぅぅぅぅっと溢れ出ました。ひゃ〜、肩と首がコチコチです。ベット・ミドラーと目だけでガッツポーズを取るかのように頷き合ったジェイクは、余裕の笑顔で椅子から立ち上がり、会場にお礼の投げキスをしてステージを下りて行きました。はぁ〜、終わった……。

ベット・ミドラーがソロで歌った『Wind Beneath My Wings』も、リハーサルで難儀していたモニターの問題も無くすっきりと、大歓声の中終了しました。と同時にMCがさっそうとステージに踊り出て、フィナーレのアナウンス。4時間近くに渡って行われたステージの出演者達が次々と、もう一度ステージ前方に進み大きくお辞儀をします。全員が揃ったところで感動的に緞帳が下りて全てが終了。ほほう、赤組白組の区別は無いものの、やっぱりこりゃイギリス盤『紅白歌合戦』だわ。豪華で楽しい年末のお祭り行事といったところです。が!実は、もうひとつの大イヴェントがこの直後に待っています。私的にはこれがこの『Royal Variety Performance』の最大のクライマックスだと思っているのですが、何と、もう一度緞帳が上がったところで、エリザベス女王がステージに上がり出演者ひとりひとりと握手をしてくれるのです。これこそ、一生に一度きりの大イヴェントと言えるでしょう。ジェイクもこの瞬間をそれはそれは心待ちにしていました。事前に、いろんな人が、女王に会う際のマナーというものを伝授してくれたのでそれなりに準備はしていたものの、画面に写ったジェイクそしてベット・ミドラーは、いったん解けたはずの緊張感が舞い戻って来たらしく、女王とのご対面の瞬間の笑顔にはかなりのぎこちなさが現れていました。

私達スタッフは楽屋に戻って来た二人を大きな拍手で迎え、今回のイヴェント成功を祝うと同時に、この三日間に築き上げたお互いのチームの「友情」を感謝し合いました。短い時間でしたが、奇跡の三日間。今後のジェイクのアーティスト人生を大きく変えて行く三日間となった事は間違いありません。ベット・ミドラーご一行は、チャーター便で今夜はこのままロンドンへ飛ぶと言います。レコード会社によってセッティングされたプロモーションはまだまだ終わっていないようです。必ずまた、いつかこの地球上のどこかで再会しましょうと誓い合い、何度も何度もハグし合いながら皆で別れを惜しみ、ジェイクと私はホテルへ戻る車に乗り込みました。

ロバートの楽しい話しも、それに茶々を入れるオスリンの声もしない、シーンと静まり返った車内。真っ暗闇の中を走るバンの乗客は私達二人だけ。急に疲れを感じ静かに目を閉じると、まるで空を飛んでいるかのようにふわふわとした気持ちになって来ます。もしかしたら夢だったのかしらん。ここはイギリスのブラックプール?今夜、本当にジェイクはイギリス女王の前で演奏した?ベット・ミドラーと?目を開けたら朝になっていて全ては夢だった、なんて言わないでよね?

ジェイクはやっと緊張と疲れがほぐれたらしく、全身を車のシートに身を任せ、ちょっと下向き加減に何かを考えています。そう、明日はハワイへ戻り、翌日には大きなイヴェントが待っています。そのイヴェントの事を考えているに違いありません。『Toys for Tots』という、恵まれない子供達のために行われるファンド・レイザーのコンサート。規模こそ違いますが、『Royal Variety Performance』もファンド・レイザー。 世界中、クリスマスのこの時期には無条件に人々が助け合う心が生まれるものです。日頃から慈善心旺盛のジェイクは、サンタクロースにでもなったかのごとくさらに多くの人達に自分の愛を送ろうと、この時期にはいろんなイヴェントに参加する事にしています。今年も、17日から日本に行くまで毎日分刻みでハワイ中の子供達や恵まれない人々の元を訪れ、仕上げには毎年恒例のホノルルマラソンでの演奏をし、心残りの無い充実したハワイの年末を過ごす事にしています。体はまだイギリスにありながら、心と頭はすでにハワイ。そしてハワイで待ち受けている数々のイヴェントの事、そして大勢の人達の事を考え始めているのです。

そんなジェイクを見つめていたら、今年のあれこれが走馬灯のように思い出されて来ました。2009年は今まで以上に「飛躍の年」だったね、ジェイク。マラソン断念など悔しい事もあったけれど、未だに信じられない素晴らしい出来事がたくさんあった。ずっと夢だったヨーロッパにも行く事が出来たし、年の締めはイギリス女王の前での演奏。どれもこれも、いろいろな人のサポートがあってこそ実現したプロジェクトの数々だった。そうして生まれた私達のこの幸せを、助けてくれた人達に感謝すると同時に、来年もまた世界中の人々と分かち合おうね。ウクレレという楽器を通して。





まだベット・ミドラーとの演奏をご覧になっていない方、以下をクリックしてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=i72bN_Pk5bM&feature=related
ジェイクとベット・ミドラーは全くおんなじ格好とスマイルです(笑)。
ジェイクとベット・ミドラーは全くおんなじ格好とスマイルです(笑)。
エリザベス女王の向こうにいるのはジェイク。そう、エリザベル女王はジェイクに話しかけているのです。
エリザベス女王の向こうにいるのはジェイク。そう、エリザベル女王はジェイクに話しかけているのです。


2010年01月11日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第210回:イギリス物語その4

衣装を着て。どう?似合う?
衣装を着て。どう?似合う?
明けて12月7日月曜日。本番当日です。昨夜は、どうもウクレレの弦の調子が良く無いと言って夕食後の遅い時間からウクレレ調整を始めたジェイク。何時までかかったのか怖くて聞きませんでしたが、ホテルの出発時間は午前10時30分。またもやベット・ミドラーは出発時間に30分ほど遅れて登場です。でも、こういう事を見込んで出発時間を決めているはずなので、誰も慌てふためいたりはしていません。ベット・ミドラーは「ハーイ、ジェイク!」と満面の笑みでジェイクの元へやって来て、「今日は頑張りましょうね」と言うと、ジェイクも「超緊張〜!でも頑張ましょうっ!」と返します。そして、お互いの気持ちを落ち着かせるかのようにキスとハグ(抱擁)をして、それぞれの車に乗り込みます。私達のバンは、昨日の人数にもう二人、ベット・ミドラーのヘアメイクさん達を乗せて、昨日と同じ道(だと思う)をオペラハウスに向かいます。今日は外の風景を見ながらのドライヴですが、どこを見ても「のどか〜」な感じ。マンチェスターはロンドンから飛行機でほんの1時間とちょっとですが、ダン達に言わせると「とっても田舎」だそうで、ましてやそこからまた海に向かってブラックプールまで走るので、特に目を見張るような風景には出くわさないだろうという事でした。それでも私にしてみれば、イギリスの車や家の形など、アメリカや日本では見られない珍しい物もあって、楽しい光景です。ヘアメイクの一人ロバートはゲイ。とっても話し好きのようで、過去に自分が担当したアーティスト達(それはそれはビッグ・ネーム達です)とのエピソードなどを語って車内を和ませます。そしてもう一人のヘアメイクのオスリンがロバートの話しのところどころで茶々を入れてからかうので、その度に皆爆笑。楽しい人達です。緊張の糸も、この時だけは柔らかく解けて行きました。

さあ、オペラハウスに到着です。昨日と同じように大勢のスタッフに迎えられてどやどやとシアター内に入ります。昨日は自分の控え室を使いましたが、今日はマーティの計らいでベット・ミドラーの控え室の一角を使わせてもらう事になりました。本番までの時間、ベット・ミドラーの時間が空いた時にすぐジェイクと音合わせが出来るようにするためです。カメラリハーサルが始まっています。昨日に増して押しに押しているようで、オペラハウスに着いてから一時間ほどで出番のはずでしたが、結局待つ事なんと3時間。やっと順番がやって来ました。当然、本番の時間が迫って来ています。急げ急げ。カメラリハーサルは本番に着用する衣装を着て行います。ジェイクは上下黒の、日本の男子学生が着る学ランのような襟詰めのスーツ、ちょっとビートルズ風です。ベット・ミドラーは、全身にスパンコールを使ったディープ・パープルのロングドレス。二人並ぶと、すっきりとして、とってもお似合いなカップルです。素敵! ベット・ミドラーが今回、何故ジェイクとのデュオ演奏を選んだかの大きな理由に、他の出演者達との「比較」がありました。100年近くもの歴史がある『Royal Variety Performance』は、年々その豪華さが増して行き、出演者達の出し物もどんどん派手な物になっているそうです。そんな中、オオトリでもあるベット・ミドラーは、近年その人気はゆるぎないものとなりつつも、まだまだ珍しさが先に立つ「ウクレレ」という楽器とのデュオ演奏で、他の出演者が考えつかないような、アコースティックでシンプル&ストレートなパフォーマンス披露で観客を魅了しようと考えたのでした。うん、彼女のアイデアは正しい。「本物」であるこの二人の、衣装のようにシンプルだけれどキラリと光るパフォーマンスに、観客はもちろんエリザベル女王だって感動するに違いありません。

カメラリハーサルでは昨日と同じく、『In My Life』はすっきりとうまく行きましたが、またもや『Wind Beneath My Wings』のモニターのバランスが良く無いと、ベット・ミドラーは何度も演奏を止めて音響さんと時間ギリギリまで調整を行いました。あと30分で開場です。私達チーム全員は大急ぎで楽屋へ戻ります。本番はもうすぐ始まりますが、私達の出番は一番最後なので、ここからまたさらに待ち時間が3時間近くあります。ベット・ミドラーは少し仮眠をとる事に、そして残った私達はマーティが用意してくれた夕食をシアター内のカフェテリアで食べる事にしました。私とジェイク、ロバートにオスリン、ジル、パブリシストのケン、そしてマーティ。私達はカフェテリアの大きな丸いテーブルに座ると、マーティが抱えていた巨大な紙袋を開けました。中から出て来たのは……「フィッシュ&チップス」。うわあああ!思わず皆で拍手!ジェイクは食べられないかなあ、と思いましたが、何と、ジェイクも魚の衣を取り除いて、超久しぶりというフレンチフライも平らげました。「久しぶりに食べると美味しいよね」と言いながら。私的には本番前にそんなに久しぶりな物を食べちゃって大丈夫かしらん、とちょいと心配でしたが。またもやロバートのぶっちゃけ話しとマーティの毒舌(マーティはコメディアンのように話し好きでしかもかなりの毒舌)を肴に、楽しい夕食のひとときは過ぎて行きました。ステージに上がるパフォーマー本人では無いけれど、スタッフそれぞれがそれぞれなりの緊張感を必死でほぐそうとしているのが良く分かります。

夕食後は、本番に備えて各自が大忙しです。ジェイクも何度となくベット・ミドラーに呼ばれて音合わせ。回りのスタッフはこれといってする事は無いのですが、緊張とイヴェントの進み具合の確認などで落ち着いてはいられません。他のアーティスト達も楽屋の外の共同で使える大きな広場でダンスを合わせたり、発声練習をしたり、何度も鏡を見ては衣装の乱れを直したりと、楽屋全体がざわざわと落ち着きません。

たまたまベット・ミドラーとトイレで遭遇しました。偶然にも他には誰もおず、二人だけの会話。ベット・ミドラー「あら〜、あなただったの!」と、トイレから出て来た私に、手洗い所で顔を上げながら鏡を通して微笑みかけてくれました。私「リハーサルでは大変でしたね」ベット・ミドラー「しょーがないわ〜。良くある事よ。でもねー、私はもう年だからね、体が疲れちゃうのよね。もうお婆ちゃんですもん。やってらんないっつーの!はははぁーっ!」私「そんな、そんな!」ベット・ミドラーは、私が想像していた通りの、とっても気さくな女性でした。画面で見るベット・ミドラーそのままです。トイレから楽屋に戻る道でも、ジェイクと私の出会いやら、どれほどジェイクが素晴らしいアーティストであるか、そしてどれだけ彼が素晴らしい人間であるかなどの話しで盛り上がりました。いくら同郷同士と言っても(ベット・ミドラーはハワイ出身です)、世界のエンターテイナーであるベット・ミドラーとこんな風に昔からの友達のような会話が出来るなんて。私がますます彼女を好きになったのは言うまでもありません。

さあ、イヴェントも後半に差し掛かり、いよいよ出陣です。出番まであと2アーティストというところでテレビ局スタッフに呼ばれ、ベット・ミドラーとジェイクはすっくと立ち上がりました。二人ともちょっと顔がこわばっています。が、そこはプロ。ちょっとポーズを取って、大きな笑顔で私達スタッフに「行ってきます」を言いました。カキンカキーンという、火打石の音が頭の中で聞こえます。よしっ、行っといで。頑張れ、ジェイク!

続く…
楽屋に続く共同使用が出来る広場。
楽屋に続く共同使用が出来る広場。
こんな風に練習するわけです。
こんな風に練習するわけです。


2010年01月10日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第209回:イギリス物語その3

小さな控え室ですが、暖かい。
小さな控え室ですが、暖かい。
リハーサルはベット・ミドラーの部屋(もちろんスィートルームです)で行われました。私は邪魔にならないように、挨拶だけをしに行きました。彼女の部屋のドアが開きました。私の胸の鼓動が一気に早くなるのが分かります。何を隠そう、今まで黙っていましたが、私は大のベット・ミドラーファン。若かりし頃バンドをやっていた頃は、彼女の曲もカバーした事もあるし、彼女の代表作と言える映画、『Beaches(邦題はベスト・フレンド)』は何十回と見ています。当たり前の事ですが、まさかベット・ミドラー本人に会えるとは夢にも思っていませんでしたから、もしかしたら、会った瞬間に心臓が止まってしまうかも、などと冗談じゃ無くて本気で思いながらベット・ミドラーの登場を待ちました。顔がどんどん紅潮してくるのが分かります。「ハーイ、ジェイク!」ベット・ミドラーです。まず声がしました。そしてその声を追うように、バスローブを着たちっちゃなオバさんが私達の目の前に現れました。ノーメイクです!背丈はうーん、155cmも無いくらい。テレビの画面で見るベット・ミドラーはもっとずっと大きく見えますが、実際の彼女はこんなに小さかったのです。ジェイクは私を「ボクのマネージャーのK女史です」と紹介すると、ベット・ミドラーはノーメイクの顔をくしゃくしゃにして大きな笑顔を作り、握手のために手を差し出しながら「あらまあ!初めましてー!お会い出来て嬉しいわ」と言いました。嬉しいのはこっちの方ですよ、と言いかけて「今回はジェイクを招待して下さり本当に感謝しています」と、口を開くと心臓の鼓動が彼女に聞こえちゃうんじゃないかしらと心配しながらも、落ち着いたふりをして、ベット・ミドラーのいちファンでは無く、ジェイク・シマブクロのマネージャーとしてのプロ用の挨拶を返しました。ああ、緊張したー。

リハは一時間ほどで終了。今夜はこの後オペラハウスに行って、現地でのリハーサルも予定されています。オペラハウスがあるブラックプールまで、ホテルから1時間ほどかかるとの事。出発時間にロビーに下りて行くと、ベット・ミドラーのレコード会社の人達が数人待ち構えていました。Rhino UK という、ウエブサイトを見れば分かりますが、ベット・ミドラーを始め大勢のビッグ・ネーム・アーティスト達がこぞって契約をしているイギリスではとても有名なレコード会社です。その中の一人が私達を見つけると「やあ、ジェイク!ウエルカム、ウエルカム!」と挨拶をしてくれました。「ボクはダン。ベット・ミドラーの担当なんだ」彼とは何度もメールのやり取りをしていたので私も挨拶を。若いのに何故かつるっ禿です。寒いだろうに(余計なお世話ですが)。

予定の時間から30分ほど遅れてやっとベット・ミドラーがロビーに下りてくると、彼女のアシスタント、ジルの姿も。ジルとも10月から何度もメールのやり取りとしていたので、二人とも初めて会う感覚じゃないねーと言いながら「初めまして」の挨拶を交わしました。ベット・ミドラー、マーティ、そしてジルはベンツに乗り込み、ジェイクと私はレコード会社の人達と一緒に大きなバンでオペラハウスへ向けて出発です。もう辺りは暗くて、外の風景は何も見えません。同乗者も挨拶がひと通り終わればそんなに話す事もありません。ジェイク御得意の「ハワイにはいらした事がありますか」と「ハワイに来てください」くらいです。初めての土地、初めての人達、そして初めて女王の前での演奏。緊張は絶頂まで達していますから、ジェイクにこれ以上何かしゃべろと言っても無理な相談。なので、私から少し話題を作ってみましたが、それも時間を稼げたのは10分くらいでしょうか。聞く所によると、Rhino UK の彼ら達にとっても、女王の前で契約アーティストが演奏する事になったのは初めての事らしく、やっぱり皆同じ様に緊張している様子。ならばいっそ、このまま緊張の空気を車内に押し込めたままオペラハウスまで行こうではありませんか!

オペラハウスの前では、リハーサルに来るアーティストを一目見ようと、ファン達がこの寒空の下、小さな群れを作っていました。車が停車すると同時に両側ドアとトランクが大きな音を立てて開き、ドヤドヤと大勢のスタッフらしき人達が荷物を出したり、私達の手を取って足下が危なく無いように車から下りるのを手伝ってくれました。日本のイヴェント会場の雰囲気と似ています。ベット・ミドラーとは「じゃ後でね」と別れ、控え室へ。ジェイクの控え室は4階の一番奥。その部屋にたどり着くまでに通った他の控え室には、「Miley Cyrus」「Lady Gaga」「Whoopi Goldberg」「Mika」「Chaka Khan」「Michael Buble」などなど有名人の名前がずらり。思わず写真を撮ってしまいました(笑)。ジェイク用の控え室はかなーり小さく、そうだな、畳で言うと二畳くらいでしょうか、冷えきった部屋にヒーターのスイッチを入れるとものの30秒ですぐに暖まるほどの広さです。まあ、そういう意味では寒さに凍えずに済むので良かったです。

リハーサルというのは大抵「押す」ものです。当たり前ですが、明日は本物のイギリス女王の前での生演奏ですからして、失敗があっては大変と、各アーティストのリハーサル、つまり準備にはいっそうの熱がこもります。押して押してやっとジェイクとベット・ミドラーの番。ベット・ミドラーは明日のイヴェントのオオトリです。一番の見せ所です。という事は、もちろん自動的にジェイクもオオトリ。私は客席でリハーサルを見守っていましたが、ああ、どんなにジェイクは今にもお腹が痛くなるほど緊張している事だろうと思うと、居ても立ってもいられません。生まれて初めて学校の学芸会で主役を演じる我が子を見守る母親のごとく、ハラハラドキドキです。ジェイクの立ち位置が決まり、ウクレレのサウンドチェックが終わり、ベット・ミドラーがステージに登場して、さあいよいよ二人の音合わせです。よく考えたら、私は二人の演奏を一度も聞いていませんでした。昼間のリハーサルも挨拶だけして実際の音は聞いていなかったし。と思ったら途端に全身に鳥肌が立ち始めました。ジェイクがイントロを弾き始めます。ベット・ミドラーは、やはり我が子を見るようなまなざしでジェイクをじっと見ながら……そして静かに歌いだしました。「There are places I remember......♪」

3回ほど合わせて、二人の『In My Life』のリハーサルは終了です。そして次に、ベット・ミドラーがソロで歌う『Wind Beneath My Wings』のリハーサル。が、これには予定以上にかなりの時間を要しました。というのも、どうもジェイクとのデュオ演奏とは違ってビッグ・バンドでの演奏なので、モニターから拾う自分の声とバンドの音のバランスがなかなか取れないようなのです。何度も何度もやり直し、それでも100%は納得が行かないまま時間だけが過ぎて行きます。「まあ、これならとりあえず大丈夫」というレベルまで何とか到達、明日のカメラリハーサルの時にまた細部のチェックをするという事で今夜のリハーサルは終了しました。ベット・ミドラーはさすがに疲れ切っています。そりゃそうです。彼女がイギリスに到着したのは12月4日だそうですが、昨日も今日も朝からレコード会社のプロモーションでフル活動、今夜のリハーサルでは納得の行くものが得られないまま、明日はもう本番なのですから。リハーサル前には「町場のイタリアン・レストランで皆で食事をしましょうよ」と言っていたベット・ミドラーも、リハーサル後は、食事はルームサービスで済ますと言って部屋に戻って行きました。

ジェイクと私は、ダンに夕食に誘われてまたもやホテルのレストランへ。レコード会社のスタッフ数人、ベット・ミドラーのパブリシスト、また他のアーティスト数人も参加して、大人数での楽しい宴となりました。私は昨夜ジェイクが頼んだ「ドーバー・ソール」を頼みたかったのですが、今夜はもう売り切れだそう(泣)。しかたが無いので昼間も食べた同じお魚料理を注文。と、隣に座っていたレコード会社のスタッフがメニューを見ながら「あ、あったあった〜」と、「フィッシュ&チップス」を指差しているでは無いですか。へえ、名物って、どこでもその土地の人はあまり食べないものかと思っていたらそうでも無さそうです。そして、その人はさらに、運ばれて来た「フィッシュ&チップス」を見て「やったー!」と拍手をしながら「これでなきゃね〜」と言ってガッツポーズ。グリーンピースの付け合わせを大歓迎したのでした。その男性は年の頃は50代後半。可愛いオジさんです!何だか、イギリス人の素朴な側面をかいま見たような気がして、微笑ましくなりました。皆、大いに食べて飲んで、そして明日の緊張を吹き飛ばすかのようにたくさん笑って、楽しいイギリスの夜は更けて行きました。それにしても、イギリス英語の発音は聞き取り難いけれど、慣れてくると何だかいい感じです。好きじゃないという人も多いけれど、私は好きだなあ。二年前にオーストラリアに行った時には、正直オーストラリア訛りには四苦八苦しましたが、イギリスのそれは私の耳に心地よく入り込んで来ます。

続く…
Rhino UK のスタッフ達とホテルの前で
Rhino UK のスタッフ達とホテルの前で
控え室のドアです。記念に。
控え室のドアです。記念に。


2010年01月09日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第208回:イギリス物語その2

マンチェスター空港に無事到着!
マンチェスター空港に無事到着!
いろいろな人達からの祝福を受けながら、12月4日早朝、ジェイクと私はイギリスに向けてホノルル空港を旅立ちました。昨夜は興奮と準備で全く寝ていないというジェイク。疲れた表情に、緊張の色が隠せません。サンフランシスコで乗り換えてロンドンへ。そしてさらにもうひとっ飛び、オペラハウスがあるブラックプールの最寄り空港であるマンチェスター空港へ。便の遅れも無く、そして預けたスーツケース達も見事にベルトコンベアーの上に次々と現れて、本当に快適な旅でした。が、こんな遠くまで来るとマジで息も絶え絶え。計算してみたら、家を出てからマンチェスターのホテルに到着するまで何と26時間もかかっていました。時差も手伝って、到着日は翌日の12月5日です。遠いなあ〜やっぱり、ヨーロッパは。

ベット・ミドラーチームは今夜はロンドン泊まりとの事で、明日の午後に私達が宿泊中のホテルにチェックイン、そして即、ホテルの部屋でリハーサルをするというプランになっています。ホテルはマンチェスターの空港から10分の場所にありましたが、繁華街からは外れていてベット・ミドラーなどの有名人が泊まるには安全で、清潔でお洒落なホテルです。そういえば、あまり気にしていませんでしたが、そんなに寒くない!ハワイを発つ前にネットでイギリスの気候などを調べて、かなり寒いだろうと覚悟して二人ともダウンジャケットを着て来たのですが、そんな真冬な格好をしているのは私達だけ……。ホテルのフロントで働いているスタッフは皆、若くてスマイルがさわやかな人達ばかりです。おっ!その中に、一層キラリと光る可愛い男性、いや、男の子(年の頃は20代前半)が!いや、失敬。あまりにも白い歯を輝かせて微笑んでくれちゃうので、思わず疲れ切った体が溶けそうな一瞬でした。気がつけば他のスタッフもお客さんも、アメリカ人とはひと味違った趣とマナー、そしてちょいと高尚な身だしなみが目につきました。へえ〜イギリスの男性って素敵なのね〜。自分でもイケナイと思いながらも目が泳ぐ泳ぐ。そんな私にジェイクが気づいて「ほらっ、さっさと自分の部屋にスーツケース持ってけば?」と。はーい、すみませんっ。

繁華街に出たければ車を使った方が良いといわれ、それは今日の疲れた体には面倒と、夕食はホテルの中のレストランで済ませる事にしました。食事制限があるジェイクにも何かしら食べられるものはあるでしょう。7月にヨーロッパを訪れた時は、国によってグルテン・フリーに対する意識がかなり違う事を学びました。北欧は二重丸、その代わり、フランスとスペインでは苦労をした記憶があります。イギリスはどうなんだろう。イギリスに到着して初めての食事です。楽しみ〜。

時間が早かったので、今夜のお客第一号のようです。窓際のテーブルに案内されます。明るくて奇麗なレストランです。メニューを見ると、ありましたありました。「フィッシュ&チップス」。アメリカにもあるディッシュではありますが、「フィッシュ&チップス」の本場はここ、イギリス。アメリカに越してまもなくの頃、この言葉をメニューに見つけた時は一体どんな食べ物が出てくるのだろうと不思議に思ったものです。フィッシュは魚の事だから魚だって事は分かっても、チップスとは何だろう、まさかポテトチップス?ご飯のメニューのはずなのにポテトチップスが出てくるのかしらん。答えは、さきほども言ったようにフィッシュは魚ですね。魚は魚でも白身の魚(ご当地の白身魚である事が多いです)に衣を付けて揚げたフリッター。そしてチップスはフレンチ・フライ、日本語で言うところのフライド・ポテトです。場所によって、マクドナルド風の細いタイプだったり、どっしりと太くて長い、いかにも「芋」というフライであったりします。何しろ、この二つのコンビネーションで「フィッシュ&チップス」。アメリカだとタルタルソースで食べる事が多いのですが、私はビネガー、お酢でいただくのが好きです。油で揚げてあるので当然油っぽいのですが、お酢で食べるとすっきりとして、結構癖になる味です。ジェイクは魚料理の中に見つけたひとつを指差して、「『Dover Sole』って何だろう」。Sole とは底、という意味。アメリカではヒラメやカレイを指します。Dover.... あ!「ジェイク、分かった、それはドーバー海峡(イギリスとフランスの間に流れる海峡)で獲れたヒラメだよ!」パッと顔が明るくなってジェイクは「ボクそれにする!」私は何の迷いも無く「フィッシュ&チップス」を注文。ニュージーランドで生まれ育ったというウエイターに、恐る恐るジェイクはグルテン・フリーで無ければならないと伝えると、元気なウエイターは一層目を輝かせて「ノープロブレム!シェフに相談して来るからお待ちください」と言って早足でキッチンへ消えて行きました。早くもこの時点でジェイクのイギリス好感度は頂点まで達したのは言うまでもありません。

まもなくテーブルに戻って来たウエイターは、これではどうか、あれではどうか、シェフがこう言ってるがどうだろうか、だったらこうしてはどうか、とそれはもう数えきれないほどのチョイスを懐からドラえもんのように出してはジェイクを喜ばせます。ああ、良かったぁぁ。これからの三日間の、半分以上の心配事がこれで消えたも同然です。安心したジェイクはしっかりと自分の意思をウエイターに伝え、嬉し顔。 おおーっ、シェフがグルテン・フリーでジェイクのために焼いてくれたドーバー・ソールは、今まで見た事も無いくらい大きいものでびっくり。丸焼きにしたものを目の前でナイフとフォークを使って頭やしっぽ、骨などを器用に取り除いて、いわゆる「フィレ」状態にしてサーブしてくれます。が、最初はうわあすごいわあ、と珍しがっていた私は、その光景を見ながらいつの間にか日本人根性丸出し。「あ、それ捨てちゃうの?」「あっちゃー、そこが一番美味しい部位なのにぃ」と、どんどん切り捨てられていく、日本人だったら絶対残さない部位をもったいなさそうに睨みつけている私に、ジェイクも横目で「卑しい事言うなー」といわんばかりの目線を送っていました。すんません!

本場の「フィッス&チップス」は、はっきり言って味的にはアメリカのそれと大きな違いはありませんでしたが、ひとつ違ったのは、グリーンピースを潰してペースト状にしたものが付け合わせで添えられていた事。ちょっとしょっぱいけれど味はそのままグリーンピース。でも、これが本場の「フィッス&チップス」イギリス流だそうです。さあ、美味しい食事も頂いた事だし、今夜はちょっと時間は早いけれど明日に控えて早く寝る事にします。

翌日、12月6日。3時過ぎからベット・ミドラーとのリハーサルが予定されていますが、その前に腹ごしらえをしようと昨夜と同じホテル内のレストランへ。うわっ満員です。席に案内されると同時にメニューの説明が。そうかあ、今日は日曜日。サンデーブランチってわけね。メニューを見るとセットメニューになっていて、前菜、メインコース、そしてデザートから一品ずつ選ぶスタイルです。ありゃあ、これだとジェイクが食べられるものが無いわあ。そして、アニマル物(肉、乳製品、卵も)を食べない私にもチョイスが無さそうです。昨夜はフリーメニューだったからレストランも柔軟に対応してくれたシェフも、サンデーブランチを提供している今日は私達の我がままを聞いてくれるかどうか。それでも思い切って、ジェイクはグルテン・フリー、そして私の食事制限の事をウエイターに伝えると、驚いた事にウエイターはまたもや「ノープロブレム!」と言うでは無いですか!結局シェフの心遣いで、セットメニューをアレンジして(というかほぼ私達のための新メニューを作ってくれた)またまた私達を喜ばせてくれたのでした。いくら一流のホテルだからと言って、ここまでホテルのゲストの為に至れり尽くせりというスタイルは珍しいですね。

美味しい食事に舌鼓を打っていると、突然大きな声で「キミはジェイクだな!」と誰かに話しかけられました。その声の方に顔を上げると、眼鏡をかけた、年の頃は50代中頃のアジア人のオジさんが片手を上げてまた「よおっ!」と私達に向かって挨拶をしています。私はその声に聞き覚えがあったのでその男性が誰かがすぐに分かりました。10月末に電話で話しをした、ベット・ミドラーのツアー・マネージャー、マーティです。「マーティ!」「よおおおお、K女史!」恐らく向こうもそう思っているに違いありませんが、声だけ聞いていて顔は想像に任せていると、実際その声と顔が出揃った時に必ずしも自分の想像が現実と一致するとは限りません。私が想像していたマーティは、もっと強面の白人でずっと高齢。が、目の前にいるマーティはアジア人の、目がくるりんとした、体はちょっとずんぐり系のどちらかと言うと「ハワイに居そうな可愛いオジさん」。私達はマーティにしきりに今回のビッグチャンスを与えてくれた事へのお礼を言うと、マーティもどれだけ自分がジェイクのファンであるかを熱く語ってくれました。うんっ?それにしても! マーティがここにいるという事は、ベット・ミドラーご一行様がホテルに到着したという事。マーティは「ゆっくり食事を済ませなさい」と言ってくれましたが、ジェイクと私はお皿に残った食べ物を大急ぎでお腹にかっこむやいなや、リハーサルに向かいました。

続く…
ロンドンの空港で。これが初イギリス演奏?
ロンドンの空港で。これが初イギリス演奏?
ドーバー・ソール解体される、の巻
ドーバー・ソール解体される、の巻
ドーバー・ソール食される、の巻
ドーバー・ソール食される、の巻


2010年01月08日
ジェイクのアメリカ本土旅日記 byマネージャー
第207回:イギリス物語その1

明けまして、おめでとう!オペラハウスのシアター前で。
明けまして、おめでとう!オペラハウスのシアター前で。
ジェイク・ファンの皆様、明けましておめでとうございます。今年も、どうかジェイク・シマブクロを応援してください。よろしくお願いシマブクロ!
という事で、大変お待たせ致しました。書き出したらえらい量になってしまい年を越してしまいましたが、ジェイクが昨年12月に参加したイギリスのイヴェントのレポートです。ほんと長いので、少しずつお届けしますね。それでは、物語の始まり始まり〜。 - K女史ことマネージャー。







ああぁぁぁ……ふうぅぅっ。一体何から書けばいいのだろう。とても言葉では言い尽くせないほどの数のイヴェントが起こりまくっているのです。

今年(2009年)の夏の初ヨーロッパツアーで、一番行きたかった国なのに結局夢が叶わなかったイギリス訪問。しかし、それなのに、ああそれなのに、こんな形で一度は消え去った夢がこんなにも早くに実現してくれるとは!

世の中は、もうすぐハロウィーンですよーんと、ご多分に漏れずハワイもオレンジ&ブラック一色の10月下旬。何の前触れも無くそれはやって来たのです。ジミーオジさんのマネージャーから「あのさ、ベット・ミドラーのマネージャーが話しがあるらしいので連絡してみてよ」という、さらりと短い連絡メールが。へっ?えっ?なっなにっ?ベット・ミドラーって、あの、ベット・ミドラー? 世界のエンターテイナー、ベット・ミドラー???? 一瞬、そんなのまた何かのいたずらよねー、なにさーちょっとぉぉぉ、と思ったのもつかの間。いや待てよ。待てよ待てよ待てよっ。メールをくれたのはジミーオジさんのマネージャー。って事はいたずらなんかなわけはありません。落ち着けっ。ええっい、落ち着けぇぇぇぇっっい! が、落ち着くどころか気持ちは天まで舞い上がった状態でベット・ミドラーのマネージャーだという人に恐る恐る電話をしてみたのでした。

ベット・ミドラーのツアー・マネージャーだと言うそのオジさんは、「おおっ!ジェイクのマネージャーK女史?連絡待ってたよぉぉぉ〜。どう、元気?」と、まるでずっと以前からの友達同士が杯を交わすかのような気軽さで言うではないですか。そして私の挨拶を聞く間もなく早口で「実はさっ、ベットがイギリスの女王の前で演奏する事になったんだけど、ジェイクに一緒に『In My Life』を演奏してくれないかって言ってるんだよ」と、これまた何でも無いようにかるーく言うではありませんか。イ、イ、イギリス女王?自国の大統領の前での演奏だってした事無いのに、縁もゆかりも無いイギリスの女王ですか? もう、ここから私の心臓は一気に高鳴って(きっと血圧もぐぐんっと上がった事でしょう)、今にも口から飛び出す勢いとなりました。が、そこは私だってプロのマネージャー。コホンっとひとつ、声が裏返っちゃわないように咳をしてから、「ほほう。それは素晴らしいですねっ!お声をかけて頂き光栄です。スケジュールを確認してお返事させて頂きますね。(本当は“ギャッホーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!いやーーーーーん、マジっすかぁぁぁぁぁぁぁぁ?マジマジマジマジマジマジマジィィィィィィィィ??????? そんなの答えはYESに決まってんじゃぁぁぁぁんっ!ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったい、ぜったいぜったいぜっぇぇぇぇぇぇぇぇったいやりまっせーーーーー。どんな事があったって這ってだってイギリス行くもんねーーーーーっ。”と言ってるつもり)」と言って電話を切りました。

興奮で、鼻の穴がバコバコいうのを感じながら電話を切ると、思わずガッツポーズ。そして万歳!ははは、万歳するなんていつ依頼の事かしら、なんて頭の奥で考えながら、思わず自分の足が嬉しさと興奮でパタパタと踊っているのに気がつきました。ひゃ〜、こんな姿は誰にも見せられんっ。さーてさてさてさて、ジェイクに知らせなくっちゃ。電話電話、っと。最近忙しくて一回目の電話にはまず出ないジェイクでしたが、何故か今日は即応。何かを悟った模様。私は、興奮しながら電話の向こうでバタバタと手を動かしながら事の事情を説明すると、ジェイクは大声で「NO WAAAAAAYYYYYYYY!! (うそーーーーーー)」私「WAY!!(ほんとーーーー)」 「 NOOOOOOO! 」「YEEEEEESSSS!」。何度かこういう会話をやり取りした後、ジェイクは「絶対(ディールを)決めてよね!」と言いました。さあ、ここからが勝負です。まだジェイクがイギリス女王の前でベット・ミドラーと一緒に演奏する事は“決定”ではないのだから。おおおおっし、何が何でも絶対イギリスに行ってみせるわよっ!

それはそうと、実は、私はベット・ミドラーがジェイクの事を気にかけていた、という事を今年の8月から知っていました。それは、8月のニューヨークはリンカーンセンターでのライヴの時だったのですが、ある女性が話しかけてきました。その人は、ニューヨークを起点に活躍中の日本人バイオリニスト五嶋みどりが設立した『Midori & Friends』というNPO団体のプレジデントで、「うちの理事会メンバーのベット・ミドラーと彼女のアシスタントが、今夜は絶対ジェイクを見に行きなさいと言うので来たんです」と。その時も、ベット・ミドラーがジェイクの事を知っているという事実にとても驚きはしましたが、まさかその数ヶ月後にこんな展開を迎えようとは思ってもいませんでした。そしてジミーオジさんの仕事で先日訪れたラスベガスでも、ジミーオジさんが前夜にベット・ミドラーとご飯を食べながらいろいろな話しをしたよと聞かされ、そのたった1週間後にこんな信じがたい夢物語が舞い込んできた、というわけです。人生ってこれだからやめられない。

その後、ベット・ミドラーが演奏曲目を変更するだとか、やっぱりウクレレとのデュエットはやめてビッグ・バンドとの演奏にするだとか、心臓に良く無いような紆余曲折がいろいろとありましたが、結局ジェイクは最後の最後まで候補者としてリストに残り、ウクレレとのデュオを基本にしながら演奏の一部にベース・プレイを入れるというのを条件に、イギリス行きが決定しました。や、や、やった。やった。やった。やった。やったぁ。やったぁぁぁ。やったぁぁぁぁぁぁぁ。やったあああああああああああ!おめでとう、ジェイクっ!プロのミュージシャンになって12年。下積み時代と呼んでいいその12年が今こうして花開いたのです!私は本当に涙が溢れました。ハワイのウクレレ・ミュージシャンがイギリス女王の前でベット・ミドラーと一緒にビートルズの名曲『In My Life』を演奏する事になったのです。奇跡としか言いようがありません。おめでとう、ジェイク。ふぇ〜ん(嬉泣)。

ジェイクが参加する事になったイギリスのイヴェントは、その歴史は100年近くにもなる『Royal Variety Performance』という、毎年行われるイヴェントの中でも最大級を誇る名誉あるイヴェントです。バラエティというその名の通り、ミュージシャンだけでなく、ダンサーやコメディアン、そして腹話術師など、さまざまな分野で活躍するアーティスト達が各国から招待されて、その才能を王室メンバーの前で披露。エリザベス女王とチャールス皇太子が毎年交代でご観覧に来られるとの事ですが、今年はラッキーにもエリザベス女王が来られる番。そして、BBCとITVというイギリスを代表するテレビ局が毎年交代でこのイヴェントをライヴ収録(一局の独占ではないところが「国を挙げての行事です」という感じがして良いですね)し、12月中旬に放送、少なくとも9億人がその番組を見ると言われています。そして、もうひとつ嬉しい事実に、今年の開催場所があります。Blackpool という町のオペラハウスなのですが、1955年にこの場所で第1回イヴェントが行われて以来、50数年を経て初めてまたこの場所に戻って来るのだと、イギリス人達は「とても記念すべき事である」と言って喜んでいるようなのです。

続く…


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